第二十六話

「……一号とマスター、来るの遅い」

「本当よのう。もう何時間も待ったぞい」


 俺たちはリベラル山脈の頂上にある休憩所で、二号とライラと合流した。

 二人は冒険者として先に出向いていたため、俺たちが来るまで暇を持て余していたようだ。


 二号とライラにもここまで付いてきてもらったのは、俺の護衛をしてもらうためである。

 特に何かがあると思っているわけじゃないが、念の為だ。

 前回の人生で、こんな……山脈まで調査に訪れるなどというイベントはなかった。

 警戒はし過ぎるくらいが丁度いいだろう。

 

「騎士、そして兵士はこちらに整列を! 冒険者の方はこちらへどうぞ!」


 ふと、そんな誘導係の声が聞こえた。

 その指示に従い、俺は列の後ろの方に並んだ。

 やがて整列を終えた頃、騎士団長であるアイリーンが前へと出た。

 今回の調査でも、やはり彼女が指揮を取るようだ。


「これより、リベラル山脈での調査を開始する! まず今回の調査が何を目的としたものなのか、分からない者も多いと思うので、この場を借りて説明しておく!」


 その言葉に、俺はハッとして顔を上げた。


 そうだ、そもそも何でリベラル山脈まで調査に行くんだ?


 昨日も城内でそれらしいことを話していたようだが、距離が離れすぎていて上手く聞き取ることができなかった。


 アイリーンは脇に控えるルードと頷きあうと、声を張り上げた。


「ここで先日、赤龍の皮が発見された!」

「……ッ」


 赤龍という言葉に、俺の身体は過剰に反応した。


 赤龍っていうと……あれか? 俺たちがつい先日戦った、あの赤龍か……?


「その近くには、巨大な魔物がったような跡まで残っている!」

「……」


 二号の焦げた腕から放出した魔力が、地上をえぐった。

 その時の情景が俺の頭に思い起こされる。


 まさか……。


「私たちは、このリベラル山脈に新種の魔物が生息していると考えている! その根拠はこれだけではない! 焦げてはいるが、水の花も見つかった! この花は、赤龍の弱点とされているメジャーな植物だ! 魔物は、赤龍を倒す算段まで考えていたということだ! 高い知能まで有している可能性がある!」


 もうかると考え、俺が大量に摘んでおいた水の花。


 まずい、全て当てはまってしまう。


「結論を言おう! この山脈には、Sランク冒険者以上の力を持った魔物がいる可能性が高い!」


 その言葉に、周囲の人間のざわめく声が聞こえた。

 それは次第に、波紋はもんのように広がっていく。


 つまり、今回の遠征は……。


「……俺のせい、だよな」


 一号と二号、そしてライラと協力し、俺たちは赤龍を倒した。

 それを、新種の……それも強力な力を持った魔物のせいだと勘違いされてしまったのだろう。


 未来が変わった?

 いや、違う。自分でいた種じゃねえか。


「今回の調査では、勇者一行、騎士団、そしてAランク冒険者以上の者に参加してもらう! 兵士とそれ以外の冒険者は、私たちの補助にてっしてほしい! では、それぞれの役割について伝えるので、その場で待機していてくれ!」


 アイリーンはそう言い残し、騎士団の方へと戻っていった。

 調査での動きについて、指示を出しているのだろう。


 俺たち兵士の仕事は聞くまでもない。

 調査をとどこおりなく進めるための、言わば雑用だ。

 それは初参加の時から変わらない。

 

 まあそもそも、危険な魔物なんてはなからいわないわけだし、調査なんてする必要もないのだが。


 俺は服のそでで汗を拭った。

 

「……それにしても、なんか暑くないか?」


 もう七月だから気温が高くなっているのは分かるが、それでもこれは……。


 身体中から汗が噴き出してくる。

 何度拭ぬぐっても、それは止まることなく流れ続けた。


 遠くから、叫ぶような鳥の鳴き声が聞こえた。



* * *



 ミーティングが終わってから十時間後。

 既に時刻は十八時を回っていた。

 

 勇者一行、騎士団、そして上位の冒険者で構成された即席の調査団は、未だ調査から帰って来ない。

 よほど入念に、この土地のことを調べているのだろう。


 俺たちはアイリーンの指示通り、Aランク以下の冒険者と共に手を動かしていた。

 テントを張り、首を打ち付ける。

 この単純作業をもう何度繰り返したことか……。


 俺たちに任されているのは、テントの設営と夕食の準備である。

 当然喜んで行う人間などいない。……一人を除いては。


 俺は一人、離れたところで懸命に釘を地面に打ち付けている兵士を見た。


「ふん! ふん! ふん!」


 言わずもがな、トリスである。

 彼は愛しのアイリーンの命令であれば、どんなことでも喜んでうのだ。


 俺は脱力しながら、目の前のテントへと視線を戻した。


「……暇だな」

「……暇」

「暇よのう」

「だらしねえな、お前ら。ほら、喋ってないで真面目に手を動かせ!」


 一号以外の三人でボヤき合っていると、空気を読まないペンダントが口を開いた。

 ……コイツ、一回地面に叩きつけてやろうか。


「……それにしても、暑いのう。今日のこの気温は何じゃ」

「お、それ俺も思ってた。これから夏本番なのは分かるが、さすがに暑すぎるよな」

「……同意」


 ライラは、愚痴をこぼしながら金槌かなづちを振った。

 見れば、二号の額にも汗がにじんでいた。


 それからは、俺たちは黙ってひたすら釘を打ち続けた。

 どのくらいその単純作業を繰り返しただろうか。

 体勢を変えようと、俺は重い腰を上げた。


 ふと、二号の手が止まっていることに気が付いた。

 見れば、二号は何故か北東の空を見上げたまま、目を凝らしていた。


「おい二号、どうした?」

「……マスター、何か飛んでくる」

「あ?」


 二号が指をさした方角を見ると、そこには黒い影があった。

 それは目にも止まらぬ速さで接近し……。


 グシャッ。


 そんな音を立てて、休憩所の近くに落ちた。


 他の兵士たちは空へ意識を向けていなかったためか、誰一人として気づいている様子はない。


「……」


 俺たちは無言で顔を合わせた。

 誰の顔にも緊張の色がにじんでいた。

 俺たちは音がした場所へと急いだ。

 草を避けながら進み、やがて開けた場所に出たところで……。


「うっ……」


 俺は鼻をつまんで顔をしかめた。吐き気を何とかおさえる。

 胃から物が逆流してくるのを感じながら、しかし何とかとどめた。

 吐いてはいけない。吐くべきではない。


 そこに倒れていたのは一人の……悲惨な姿をした騎士だった。


 右腕はもがれており、両足は噛みちぎられたかのような断面をしていた。

 その酷い怪我に、思わず目を背けたくなる。

 調査へ駆り出されていた騎士だろう、と俺は推測した。


 静かに騎士のもとへと歩き、俺はそっと抱き起こした。


 呼吸を確認するが、やはり既に息はしていなかった。

 その死体の身体は酷い熱を含んでいた。

 鎧が溶け、そこから真っ黒に焦げた皮膚がのぞく。


「……」


 見覚えのある焦げ方を見て、俺は息をんだ。


 間違いない、このあとは……。


「ウオオオオオォォォォォ!」


 歯を食いしばって顔を上げるのと同時、聞き覚えのある咆哮ほうこうが聞こえた。



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 伏見ダイヤモンド

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