第二十五話

 馬車に揺られながら、俺は外の景色を眺める。


 王都からリベラル山脈へ出発して既に1時間が経過していた。


 一時間もこうして馬車に揺られていると、さすがに腰も痛くなってくる。

 しかも暇だ。することがない。

 何か時間を潰す娯楽でもあるのなら別だが、生憎あいにくここにそんなものはない。

 始めのうちは雑談を繰り広げていた兵士たちも既に飽きてしまったのだろう、全員が憂鬱な顔を下に向けて黙り込んでいた。

 せっかくの休日が調査によって潰れてしまったのだから、その不満も当然のものだろう。


 ちなみに、俺の隣にはトリスが座っている。

 班は違うが、馬車は自由席ということでわざわざ隣に腰掛けてきたのだ。


 トリスは本を読んでいた。

 覗き見ると、そこには皮膚を剥がれた人間の姿形が描かれてあった。


「何だそれ? 不気味な絵だな……」

「解剖に関する本ですよ。こういう空き時間も、無駄にしたくないですからね」

「ふーん」


 真面目に読み進めるトリスを見て、俺はそれ以上話しかけるのをやめた。

 せっかくの勉強中だ。邪魔をするのも良くない。

 

 俺はトリスから少し離れた場所……馬車のはじっこへと移動した。

 やることもないし、一号と今後の計画について最終確認をしようと思ったからだ。


「おい一号、起きてるか?」

「ああ、起きてるぜ」


 話しかけると、胸元のペンダントは元気そうに答えた。


 現在、一号には再びペンダントの姿を取ってもらっている。

 前回ペンダントに変化へんげした時に不満そうだったので、断られるかもしれないと懸念していたのだが、どうやらその心配は杞憂きゆうに終わったらしい。

 聞けば、動かずに移動できるのがペンダントでいることの美点なのだと一号は言った。

 もしペンダントに変化しなければ、一号には二号らと同様、冒険者としてこの地まで訪れてもらうことになる。

 そうなれば山脈の頂上まで自分の足で登らなければならないため、ペンダントの方がずっと楽なのだろう。


「三日目のこともそうだが、お前にはリンの考えてることを随時ずいじ報告してほしい。分かってるな?」

「ああ、もちろんだぜ。一目見て心の中を読むだけでいいんだから、楽な仕事だよ。……ちなみに今、王女はどこにいるんだ?」

「ほら、あそこだよ」


 一号に問われ、俺は一つ前の馬車を指さした。

 そこには鎧を身にまとったリンの姿があった。

 どうやらリンは馬車の後ろの方に座っているらしい。

 その横顔は、何故だか怒っているように見えた。……気のせいかもしれないが。


 一号は俺がどこを指しているのか分からなかったようで、聞き返してきた。


「あ? どれだよ?」

「だからほら、あそこにいる金髪の騎士だよ」

「……あー、あれか」


 一号は相槌あいづちを打ち、そして。


「……」


 黙り込んだ。


「どうだ? 何か分かったか?」

「……」

「おい、一号?」

「……」


 こちらから聞いてみても、一号は何も答えない。

 中々言葉を発さないペンダント……もとい一号を不審に思い、ちょいちょい、と宝石部分をつついた。


「おい一号、どうした? 何かあったのか?」

 

 一号はやはり何も話さない。

 代わりに、彼女からはわずかながら動揺が感じられた。


 そうして数秒が経過した頃、ようやく一号は口を開いた。


「……主、アレが王女なのか?」

「ん? ああ、そうだが……。どうしたんだ?」

「……ふーん。いや、本当にそうなのかと思ってな」

「あ?」


 一号の言っていることがよく分からず、俺は首を傾げた。


「どういうことだよ。なんだ、本当にそうなのかって。リンに何かあるのか?」

「いや、だって……」

「なんだよ、はっきり言えよ」

「だから___」

「おいそこ! 静かにしろ! ていうかお前、さっきから誰と喋っているんだ!」


 一号を問いただそうとすると、馬車に乗車していた兵長に怒声を浴びせられた。


「す、すいません」と謝罪し、馬車のはじで縮こまる。


 お前のせいだぞ、と言わんばかりにペンダントを睨みつけるが、それはうんともすんとも言わなかった。何かを神妙しんみょうに考えている雰囲気だけを残して。

 ……ったくもう、何だってんだ。



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 伏見ダイヤモンド

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