第二十四話

 明日はリベラル山脈での調査があるため、今日は早めに寝ることにした。

 俺はベッドに、他の三人は布団にもぐる。

 

 明日は一号と二号、そしてライラにも付いてきてもらう予定だ。

 冒険者ギルドで『リベラル山脈の調査協力』というクエストが出されているので、二号とライラはそれに参加することになっている。

 戦闘面において一号は役に立たないので、彼女はペンダントとして胸に下げておくことにした。

 調査にリンも参加するのなら、一号も連れて行かなければならないだろう。

 心の内を探るチャンスが少しでもあるのなら、そこに食らいついていくのは当然のことだろう。この機を逃すわけにはいかないのだ。


 時計を見ると、時刻は既に十二時を回っていた。

 考え事に集中しすぎてしまったせいで、結局いつもの就寝時間と同じ時刻になってしまっていた。


 そろそろ寝ないとな、と布団に潜ったところで、不意に窓がノックされた。


「……なんだ? 鳥か?」


 不審に思い、ベッドから起き上がる。

 音のした窓へと視線を向けた。

 瞬間、俺の背筋は凍った。


 カーテン越しに、人影が映っていた。


「……おいおい、嘘だろ」


 俺は震える声で呟いた。


 お化け、じゃないよな。

 いや、お化けならまだ良い。

 泥棒か何かだと困る。戦闘力20の俺では相手にならないだろう。


「くっ……こんなことなら、何がなんでも2階以上の部屋を依頼しておくんだった」


 この部屋は一階の角部屋。

 窓はそれほど高い位置にあるわけではないので、侵入し放題なのだ。


「おいお前ら、起きろ。緊急事態だ」


 呼びかけるも、それに答える声はなかった。


「おいってば……!」


 小声で少し強く呼びかけながら振り返ると、そこには相変わらず寝たままの三人の姿があった。


「……ったく主は。部屋ちゃんと片付けろよな……」

「……二号はもう食べらないからマスターにあげて……やっぱりあげないで……」

「……フォッフォッフォ、ここか? ここがいいのかの?」

「くっ……お前ら……」


 こんな緊急事態にぐっすり眠りやがって。

 ていうかライラ、お前は何の夢見てるんだよ。


 コン、コン、コン。


「……ッ」


 再び、ノックされた。


 俺の身体は反射的にビクついてしまう。

 が、数回深呼吸をして何とか平静を取り戻した。


 そうだ、泥棒ならノックなんてしないはず。

 家主にバレたら通報されるわけだし、そんなリスクを犯してまでノックをするだろうか。……いや、しない。

 つまりここにいるのは、泥棒ではない。そうに決まっている。


 俺は震える手で、恐る恐るカーテンに手をかけた。


「ええいままよ!」


 シャッと人思いにカーテンを開ける。

 そこにいる人物を見て、俺は驚愕の声を上げた。


「リン……!?」

「えへへ、ごめんね。こんな時間に」


 リンは両手を合わせ、可愛らしく謝罪してみせた。

 泥棒ではなかったことに安心し、俺は脱力してその場に膝をついた。

 しかしすぐに気を取り直し、俺は立ち上がった。


 そうだ、相手はいずれ俺を殺すつもりの人間だ。

 下手すると、泥棒よりも怖いんじゃなかろうか。


 俺は警戒心を解くことなく、リンを正面から睨みつけた。


「どうした? 何か用か?」

「今日のこと、謝ろうと思って」

「今日のこと……?」


 よく分からずオウム返しすると、リンは頷いた。


「待ち合わせ場所、行けなかったでしょ? ごめんね、まさか急に勇者が帰って来るなんて思わなくて……」

「いや、別に大丈夫だが」


 はなから、期待なんてしてなかったし。


 俺はリンに冷めた目を向けた。


 彼女は今、俺に優しい笑みを向けてくれている。

 だが、これも全てが演技なのだ。


 彼女は今、何を考えているのだろう。

 何を思って俺と接しているのだろう。


 彼女の頭では今、俺を殺す計画が練られている。


 いずれ殺そうと考えている人間に、何故こんな顔ができるのか。

 何故優しく接することができるのか。

 俺にはどうしても分からない。いくら考えても答えは出ない。


 今ここで一号を叩き起こして、リンの心情を探ってもらえば、少しはその答えに近づけるのだろうか。

 俺が今どうするのが最善なのか、分かるのだろうか。

 今、一号に……。


「……はっ!?」


 俺はハッとして後ろを振り返った。

 俺の意識はベッドの後ろ……布団に眠る三名に向けられていた。


 今はベッドで隠れているが、あの奥には同居中の三人がいる。

 この状況をリンに見られるとまずい。非常にまずい。

 浮気を疑われてリンとの関係が途切れてしまえば、王族の悪行に関する情報を得られる唯一の手段がなくなってしまう。


 俺は内心の動揺を押し隠しつつ、リンを帰そうと頭の中で策略を練り始めた。

 部屋に掛けてある時計をえて見て、わざとらしく「……あ」と驚いた声を上げた。

 我ながら下手な演技だと思う。

 リンをあざむくためには演技力も必要になるだろうし、演劇教室にでも通うべきなのだろうか。


「もうこんな時間じゃねえか。ほらリン、遅いし、帰ったらどうだ?」

「え? うん、確かにそうだけど。急にどうしたの?」

「いや、別に何でもないが。特に理由はないが。ほら、親御さんが心配するだろうと思ってな」

「ふーん?」


 リンは怪しむような視線を俺の部屋に向けた。

 俺は慌てて、自分の身体でその視線をさえぎる。


「要件はそれだけか? それだけなら今すぐに……」

「ああ、それなんだけどね」


 リンは今思い出した、と言わんばかりにポン、と手を打った。

 ……まだ何かあるのか。


「ユウくんもリベラル山脈の調査に行くんだよね」

「え? ああ、そうだが……」

「調査の三日目……だから、最終日だね。その日の夜、少し時間作れないかな」

「え……」


 俺が声を漏らすと、リンは恥ずかしそうに手を絡めながら言った。


「今日会えなかったから、その埋め合わせってことで。時間はまた伝えるから」

「……おう。分かった」

「ありがと。……じゃあね」


 それだけ言うと、リンは音もなく去っていった。

 その俊敏性に関心しつつ、やはり『剣聖』の腕は伊達ではないのだと思い知らされる。

 

「三日目……調査最終日」


 この日になれば、真実が分かる。

 俺は少しの高揚感を覚えながら、静かに窓を閉めた。



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 伏見ダイヤモンド

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