第二十三話

「あ、ユウくん! 探しましたよ、何でこんなところにいるんですか!?」


 時刻が二十時を超えた頃、どこからかそんな声が聞こえてきた。

 俺はひまわり畑へと続く一本道に視線を向ける。

 そこにはトリスがいて、右手を上げてこちらに駆け寄ってきていた。


「お前こそどうしたんだよ。今日は門番の日じゃなかったか?」

「今、王国内の兵士は全員城に呼び出されているんですよ。聞いてないんですか?」

「呼び出し? なんで?」


 聞くと、トリスは両手に膝をついて息を切らしながら答えた。

 どうやら俺を探すために走り回っていたらしい。


「今日、北東大陸まで遠征に出かけていた勇者一行が、急遽帰って来ることになったんですよ。それで、今いる兵士全員が城の見張りをすることになって……」

「勇者が帰ってきた? いやでも、予定ではもっと先じゃなかったか?」


 勇者がこのエドワード王国に帰って来るのはまだ一ヶ月以上も先だったはず。

 それが何故今になって……。


 リンに殺される前、こんな出来事はなかった。

 やはり未来が変わっているのだろうか。


 俺の問いに、トリスは首を振って答えた。


「さあ、それは分かりません。帰国する理由は一般の兵士には知らされませんからね」

「ああ、確かそうだったな」

「王族も慌てて迎えの準備をしているらしくて……とにかくほら、行きますよ!」


 俺はトリスに連れられるまま、城へと通じる道を歩いた。

 トリスが先頭を歩き、俺が後に続く。


 俺はトリスに気付かれないよう、小声で一号に話しかけた。


「……ていうか一号、お前、何でさっきから黙ったままなんだよ」


 トリスが来てから、コイツは一言も言葉を発していない。

 空気を読んだとも考えられるが、一号にそんな気遣いなどできないだろう。


「なあおい、一号、一号……一号ってば」

「……」

「何で無視してんだよ。ていうか、何で喋らねえんだ?」

「……」

「……一号?」

「……ぐぅ」


 不意に漏れ出てきた一号の声を聞き、俺はガクリと膝を折った。

 ……寝てただけなのかよ。



* * *



 遠征から帰ってきた勇者一行は、城の中で国王と話をしているらしい。


 俺たち一般の兵士は、城の外で見張りに徹していた。

 見張りとは言っても、誰が攻めてくるわけでもない。

 それぞれが持ち場にはついているものの、雑談だけが繰り広げられていた。

 一号は先ほどから眠ったままなので、話し相手もいなかった。


 暇を持て余して一人じゃんけんを始めた頃、いつの間にか隣に来ていたトリスが話しかけてきた。


「ユウくんユウくん、こっちに来てみてくださいよ」

「あ? 何だよ。 ていうか、何でお前ここにいるんだよ。お前の待機場所はもっと向こうだろ」

「ああ、それはそうなんですけど。ユウくんが暇でしょうから、ちょっとしたお知らせをしに、ですね」

「別に暇してねえよ。一人を満喫してたところだ。……おっ、今度は右手の勝ちだな」

「……一人ジャンケンしてるように見えるんですけど。ていうか、一人ジャンケンの勝敗なんて自分のさじ加減じゃないですか」


 奇行に走る俺にジト目を向け、トリスは呆れたようにため息を吐いた。


「それで、要件はなんだ? お知らせって言ってたが」

「そう、それですよ」


 トリスはここよりも少し遠くの……自身の待機場所の近くを指さした。


「あそこの壁に、穴が空いているんですよ」

「……だから?」

「城の中の様子は見放題ですし、中の声も聞き放題なんです。」

「……つまり?」

「一緒に盗み聞きしに行きませんか?」

「アホかお前は!」


 俺はトリスの頭をぱたいた。


 コイツ、真面目な顔でなんてこと言いやがる。


「大丈夫ですよ。ほらあそこ、兵士たちがいっぱい集まっているでしょう。僕たち以外にも、ああやって中の様子を見ようとする人はいますから」

「でもなあ……」

「それに、勇者が予定よりも早く帰ってきた理由が気になるでしょう?」

「ぐっ……」


 それは確かに、気になるが……。


 俺は一号に引っ張られ、穴が空いているという場所まで連れて行かれた。

 王城はくぼんだ土地に建設されているため、穴が開いている場所は建物の上の方だ。

 確かにここなら穴が開いていてもバレることはないだろう。

 それに、そこまで巨大な穴が開いているわけではない。穴の大きさは、せいぜい半径一センチ程度だった。


 それにしても、どういやったらこんな穴が開くのだろう。

 意図的でもなければ、頑丈な王城に穴など開かないと思うのだが。


 ふと、トリスの手にアイスピックが握られえているのに気がついた。


「おいトリス、この穴ってまさか……」

「はい、開けておきました」

「やっぱりか!」


 俺はトリスからアイスピックを奪い、遠くへぶん投げた。

 もし今の状況を見られていれば、コイツが処罰を受けることになっていただろう。

 王城にいくつも穴を開けて傷つけるなど、死刑に処されてもおかしくはない。


 しかし、トリスは悪びれる様子もなく言い放つ。


「いいですかユウくん、よく考えてもみてください。何の説明もないままいきなり呼び出しですよ? 見張りをするんだから、その原因である勇者が何のために帰ってきたのか、知る権利はあるはずです」

「それはまあ、確かに」

「でしょう?」


 トリスはフフンと鼻を鳴らせた。……まあ、どんな理由があれ城を破壊するなど許されないだろうが。


「細かいことは考えず、とりあえずのぞいてみましょう。……ほら、もう話も始まってますから」


 俺はため息を吐き、トリスが開けた穴から城の中の様子を覗いた。


 城内にはこの国でもトップレベルに位の高い人間が多く集められていた。

 ほとんどが公爵以上の位に就く人たちだった。


 勇者、聖女、魔法使いという構成の、この国唯一の勇者パーティー。

 脇に整列する、三十ほどの公爵家。

 玉座には太った国王、エドワードが腰掛けていた。

 ちなみにその隣には誰も座っていない。

 そこで、国王の妻は数年前に亡くなっていたことを思い出した。

 脇には王女であるリンも控えていた。

 エドワードの前には騎士団長であるアイリーンが、報告書のような紙を持ったまま立っていた。

 アイリーンを見た途端、トリスの鼻の穴が大きくなったような気がしたが、それは気のせいだと思うことにしよう。


「ほすっほすっほすっほす」

「鼻息がうるせえよ」


 我慢ならなくなって俺はトリスにツッコんだ。

 トリスにあきれながらも、俺の視線はしっかりと城内に向けられていた。


 キリッとした態度のアイリーンが、一歩前へ歩を進め、勇者と向かい合った。


「勇者御一行様、わざわざ遠方よりご帰国いただき、誠にありがとうございます」

「気にすんな。何か急を要する事態なんだろ? そう聞いてるぜ」

「ええ、その通りです」


 勇者の言葉に頷き、アイリーンは説明を始めた。


 ……説明が終わった。


「つまり、リベラル山脈に新種の……それも強力な魔物がいる可能性が高いってことか」

「はい。私どもの見立てでは、Aランク……下手するとSランク冒険者以上の実力を有していると考えています」

「騎士団長のアンタが言うんだ。間違いねえんだろうよ」


 勇者が歯を見せてニカッと笑ってみせた。

 コイツの名前はなんだっただろうか、と俺は勇者の顔を遠目に見つめる。


「確かルート……いや、ルーペだったか……」

「何で器具の名前になってるんですか。ルードですよ、勇者ルード。……それにしてもあの勇者、騎士団長と会話できるなんて羨ましいです」

「お前、ほんと騎士団長のこと好きだよな」


 トリスを尻目に、俺は苦笑いを浮かべた。

 

 先ほどから黙り込んでいたエドワードは頃合いを見て口を開いた。


「……と、いうわけだ。勇者一行には、明日からリベラル山脈での調査を依頼したい」

「了解したぜ。安心して任せとけ」


 勇者は愉快そうにそう言うが、俺としてはそうではなかった。


「うげっ、調査だってよ。てことは、兵士も行くことになるのか」


 俺は露骨に嫌な顔を見せた。


 調査には俺達のような一般の兵士も参加しなければならないのだ。

 場所が近場であれば、泊まり込みの調査もありえる。


 今回の調査場所はリベラル山脈。

 ここから徒歩二時間程度の場所だ。

 おそらく……いや十中八九じゅっちゅうはっく、泊まり込みになるだろう。


「……いや待て、まだ俺が行くと決まったわけじゃない」


 俺はかすかな希望を持って呟いた。


 調査に出向くのは、兵士のうちの一部の人間だ。

 兵士には一から五十までの班があり、毎回交代制で調査におもむく。

 

 前回は一から二十五までの班が強制参加だった。

 今回は、二十六から五十までの班が参加することになる。

 ちなみに、俺の班は三十。


 つまり……。


「俺じゃん……」

「僕じゃないですか……」


 隣を見ると、トリスがガックリと項垂うなだれていた。……お前もかよ。

 その顔は絶望に染まっており……っていうか、そんなに嫌なのかよお前は。


「何でそんなにショックなんだよ。いや、俺だって嫌だけど」

「いえ、ちょうど時間があいていたので、解剖学について勉強しようと思っていて……」

「ああ、そうなのか。それは残念だったな」


 俺は柄にもなく、優しくトリスの肩を叩いてやった。


 現在、トリスは兵士として働いているが、彼の目標は別にあった。


 解剖医になること。


 それがトリスの本来の夢であることを俺は思い出した。


 悲しそうに嘆くトリスを尻目に、俺は城の中の会話に再び耳を傾けた。

 見れば、勇者が手を上げていた。


「ああ、それで、オレ達からも頼みごとがあるんだけどよ」

「……聞こう」


 勇者は、エドワードから脇にいるリンへと視線を移した。


「そこにいる王女様……リンを連れて行くことが条件だ」

「なっ……!?」


 国王は驚愕の表情を見せた。

 リンと勇者の顔を交互に見て、そしてエドワードは吠えた。


「ダメに決まっておるだろう! 王女相手に貴様は何を言っている! そんな危険な場所に、愛娘を送り出せるわけがないだろう!」

「それじゃあこの件はなしだ。この条件が飲めねえんなら、オレは調査には出向かねえ」

「くっ……」


 悔しげに呻く国王に、勇者はさとすように言った。


「リンはこの国でも屈指の実力者だ。『剣聖』と呼ばれる腕は伊達じゃねえ。リンがいれば、調査もスムーズに進むと思うんだがなあ」

「……いやだが、しかし……」

「私ならいいですよ、お父様」

「リン……!?」


 エドワードの目が一瞬でリンの方を向いた。

 リンの目は真剣そのもので、有無を言わせぬ威圧感があった。


 何か言いたげにリンを見つめるエドワード。

 やがて折れたのか、エドワードは椅子に背をもたれさせた。

 頭痛がするのか、こめかみに手を添えた。


「……分かった、連れて行くがいい。ただし、我が娘の……リンの命を守ることが最優先だ。もしも危険な状況になるようなら、貴様の命を賭してでもリンを守れ」

「はは、分かってるよ」


 エドワードの言葉に、ルードは軽く言って返した。

 それをエドワードは不安そうに眺め、疲れたようにため息を吐いた。

 ルードはリンに近づき、彼女の肩を叩いた。


「よろしくな、王女様」

「……はい」


 俺はしつこく嘆くトリスの肩を叩きながら、城の中を……何故か酷く曇った表情をしているリンを見ていた。



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 伏見ダイヤモンド

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