第二十二話

 リンとの待ち合わせ場所として頻繁に利用するひまわり畑の前で、俺は胡座あぐらをかいて座っていた。


 現在の時刻は十七時五十分。

 約束の時刻から二時間が過ぎようとしていた。

 

「……来ねえな」


 ライラの魔法でペンダントに変化した一号が呟いた。

 その声には明らかな苛立ちが含まれていた。

 自由のきかない状態で長時間待たされているのだから、その不満も当然のものだろう。


「主は腹立たねえのか? 約束破られたんだぞ」

「まあ、特にはな。情報収集ができなかったのは惜しいが、まだチャンスはある」

「はへぇ、お優しいこったねえ。あれだけせっかちな主が……」

「誰がせっかちだよ」


 一号に適当なツッコミを入れ、俺はペンダントからひまわり畑へと視線を移した。


 自分でも不思議なほど、腹は立たなかった。

 一度裏切られているから、もう慣れてしまったのだろうか。

 耐性がついてしまったのだろうか。


 期待していなければ、失望することもなくなる。


 俺はリンに、何の期待もしていない。信用なんてもってのほかだ。

 だからリンに何をされても、今更ショックを受けることなどないのだろう。


 俺は壁にもたれかかり、息を吐いた。


 その時、自身の唇が震えていることに気が付いた。


 寒さで震えているわけではない。

 裏切られたことがショックというわけでもない。


 では、何故か。何故俺はこれほどまでに動揺しているのか。

 考えて、その理由はすぐに分かった。

 

 予想外のことが起こったからだ。


 何故リンは来ないのか。

 おそらく、何か急用ができたからだろう。

 王族なのだから、緊急事態の一つや二つくらいはあっても不思議ではない。


 しかし……しかし、だ。


 俺がリンに殺される前、彼女がこの場所に来なかったことなど一度もなかった。


 忙しいと口にしながらも、毎週金曜日の十八時には必ずこのひまわり畑で待っていてくれていた。

 それなのに今、ここにリンの姿はない。


 ゴクリ、とつばを飲み込む音が聞こえた。

 俺の頭には、ある一つの可能性が浮かんでいた。


 未来が変わっている。


「……じ……るじ……あるじ!」

「……え、あ、え?」


 突然すぐ近くで誰かに呼びかけられ、俺は状況が掴めずに素っ頓狂な声を上げた。

 声のした方を見てみれば、ペンダントが緑色に光っていた。

 どうやら一号から何度も話しかけられていたらしい。


「大丈夫かよ。なんだ、ドタキャンされたこと、やっぱり怒ってんのか?」

「まさか。ちょっと考え事してただけだよ。……それで、何か用か?」

「何か用ってなぁ……」


 一号は退屈そうにため息を吐いた。


「主が言う通り、王女って奴は酷え女なのかもなって話だ。時間を守れねえ人間にまともな奴はいねえ。復讐とか考えずに、スパッと別れた方が良いと思うぞ」

「まあ、そうなんだろうけどさ。ていうか、俺だってすぐにでも別れてえんだよ。でも、このままやられっぱなしで終わるのはなんか嫌っていうか……」

「意地っ張りだねえ。まあ、復讐したいって気持ちは分かるけどな」

「ふーん」


 復讐したい、ねえ。


「お前も復讐したい相手とかいるのか? 奴隷市場で会った時、二号は復讐に取り憑かれてるとか何とか言ってたが。お前もそうなのか?」

「……まあ、そうだな。いるにはいる」

「どんな奴なんだ? ていうか、お前に何があったかって話は聞いたことなかったな」

「どんな奴って……」


 一号は言葉を詰まらせた。その声色から、悲しげな表情は容易に想像できた。


 質問した後、俺は後悔した。

 他人の過去にズケズケと踏み込むのは無粋だ。

 俺は他人に自分の苦労話を積極的に話したい方だが、全ての人間がそうというわけじゃない。むしろ話したがらない人間の方が多いだろう。


 俺は話題を逸らそうと笑って首を振った。


「いや、何でもねえ。悪かったな。そういえばお前さ……」

「……正直、よく分からねえんだ」

「……は?」


 突然話し出した一号に、俺は首を傾げた。


「分からねえって、何がだ?」

「アタシがどうしたいのか……復讐して、それで本当に満足するのか。これが正しいことなのかも。主に話したくないわけじゃない。でもまだ……あれから二十年以上経つってのに、心の整理ができてねえんだ」

「……えーと?」

「よくわかんねえよな」


 ペンダントの中で、一号は健気に笑った。そう思った。


「アタシのことは後回しでいいさ。いずれ決心がついたら話す。それよりも、今は王女のことだろ?」

「……ああ。それが終わったら、今度はお前らの番だからな。俺は受けた恩は利子をつけて返すタイプだ」

「……そっか」


 そう言う一号の声は、先ほどよりも幾分か明るくなっているように思えた。


「王女の件が一段落したら全て話すさ。二十年前に何があったのか。アタシの復讐相手も、全部」


 

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 伏見ダイヤモンド

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