Polaris
板谷空炉
Polaris
終業式の前日。午前授業だったため、幼馴染の北川美月に午後から家で勉強を教えた。すると、時間の経過に気づかず四時間半ぶっ通しで行っていた。限界を迎えた美月にお詫びとして、美月の家の近くの店でモナカアイスを買い、その裏の小さな公園に行き、日中の暑さが僅かに残るベンチに二人で座った。
「はいこれ」
「ありがとう!」
買ったアイスを半分に分け美月に渡すと、喜んで食べていた。それにつられて、僕もアイスを食べた。美月は今日見る中で時々曇った表情をしていたが、今は元気そうだ。
「今日の放課後、クラスメイト酷かったよね」
つんけんした感じで美月が言った。
「ああ、あの三人?」
「うん。私が蓮に、相談事があるから一緒に帰ろうって誘っただけなのに茶化してきて。」
「あー……。ごめん、僕が『家来ない?』って言ったからだよ」
「それだとしてもだよ? 人のこと勝手に決めつけて自分たちのいいように解釈して。本当にさあ……。」
そう。学校から帰る際、クラスメイト三人が僕たちのこと「付き合ってる」とか「星崎は北川に手を出すな」とか、好き勝手言っていた。僕は何を言われても構わないけれど、美月が嫌なら止めたいのが本音。だけど美月がクラスメイトに対して嫌だとかここで言っている姿も何故か可愛い。きっと暑さのせいだ。
「ごちそうさまでした! アイス本当にありがとうね蓮」
「え、早」
気づいた時には、僕と違って美月はアイスを食べ終わっており、落ち着いたようだった。まあ、笑顔ならいいか。
「ねえ蓮。話したいことなんだけど……今いい?」
落ち着いて、はいなかったのか。
「うん。何でも言って」
「ありがとう。アイス食べながらでいいから聞いて。」
そうして美月が話し始めた途端、表情が一瞬にして曇った。
「──あのさ、蓮が遠くの高校も考えてる話、前言ってたよね」
「うん」
そう。僕は中学卒業後、県外の学校に進学したいと思っている。その話も昨日三者面談で行った。まだ考えている程度の話だが、美月には明かしている。
「私、モヤモヤして。離れ離れになるとしても遠い話だと思ってた。でも、その話を聞いてからずっと落ち着かなくて。私、今日も元気なふりしてた。でも一緒に帰っても、勉強しても消えなくて。もう、つらくて。」
少し焦っているようだ。美月はそこまで考えてたんだ……。
「ごめん、不安にさせて」
「ううん、大丈夫。だけどその代わり──」
そう言った瞬間彼女の顔が近づいてきて、
「!?」
その行動の意味を理解してしまう前に、甘い味のする彼女の柔らかい唇が、僕の唇と重なり合った気がした。
「蓮。また明日ね」
そうして美月は、走って帰っていった。
「これって──」
唇に残った感触で、夢じゃないことを自覚した。
夕日に照らされる彼女の姿を見ながら、僕の顔もきっと夕日のように真っ赤なのだろうと考えていた。
「ねえれんくん。」
美月……? どうして、こんなに小さくなって……、
「おおきくなったら、れんくんのおよめさんになりたい!」
これは一体……?
「うん! ぼくもおおきくなったら、みつきちゃんとけっこんしたいな」
後ろから高い声がして振り向くと、幼い頃の僕がいた。記憶でもあるし夢でもある、ってことか。二人とも幼稚園の制服を着ているから、その頃の話だ。懐かしい、こんな服だったなあ。
二人には僕は見えていないらしいけど、右側に避けて見よう。
「ほんとう?」
「うん」
そう言えば、こんなこともあった気が……?
「じゃあ、おねがいがあるんだ」
お願い? 一体何を?
「わたしとちゅーしてほしいな」
「えっ!?」
えっ!?
「はずかしい、かな?」
「うーん……。なんかちょっとはずかしい」
ちょっとで済むとは恐ろしい幼稚園児の僕。夕方のこと、思い出すとまだドキドキする。
「じゃあじゅうねんご! おねえさんになったら、いい?」
「うん、それならいいよ」
「ほんとう?」
「うん」
あ、そっか……。
「うれしい! れんくん、だいすき!」
「ぼくもみつきちゃんだいすき! ずっといっしょにいようね」
幼稚園の頃の記憶、美月はずっと覚えていたんだなあ。お互いに十年経った今でも好きで、僕はずっと隠してて、いつの間にか忘れていて。
ごめん、美月。
「──っ!?」
気が付いて机上のデジタル時計を見ると、夜中の三時になっていた。現実逃避で勉強していたら寝落ちていたらしい。
全ての電気をつけっぱだった現実と夢の余韻を胸に抱えたまま、僕は「今日の午後五時半に、昨日の公園で待ってる」と美月にチャットを送ることしかできなかった。
ベンチの余熱も太陽も、僕の体温を上げる。高鳴る鼓動が一層身体を火照らせる。現実逃避にスマホのロック画面をちらっと見た。もうすぐ五時半になるというのに、美月は来ない。閉じて、指定ジャージのポケットに入れる。この時間のため、公園は誰もいなかった。
……はあ。今日の僕、酷過ぎたな。美月を露骨に避けてた。昨日の今日で、直視できないのに。美月、来てくれるかな……。
「蓮! 遅くなってごめん!」
振り向くと、息を切らした美月が公園の入り口に立っていた。汗もかいており、半袖ジャージでも暑そうな様子だった。
「水飲んだら、そっち行くね」
「うん」
そうすると美月は公園にある水道の蛇口を捻り、水を飲んだ。時間が経つにつれて少しずつ冷えていった水を、美味しそうに飲んでいる。
しばらくすると美月が蛇口を閉め、口を拭き、こちらに来た。
「……隣、座っていい?」
僕が頷くと、美月は僕の横に座った。今日のこと、謝ろう。
「みつ」
「蓮、本当にごめんね!」
「!?」
美月は僕に対し、頭を下げた。
「いや、謝る必要はないけど」
「ううん。私、蓮は昔のまま私のこと好きだと思ってた。ずっと一緒にいられると思ってた。だけどそうじゃなかった。だから、あのこと思い出してくれるかなってキス、しちゃって……。気持ちも聞かずにごめんね。でも、遠くに行くのは悲しい……」
「美月」
感情が高まり、つい手を握ってしまった。繋いだ手から鼓動が伝わっている気がする。
「蓮……?」
「僕もごめん。ずっとドキドキして、話しかけられても昨日のことがちらついて無視したみたいになって」
「ううん、大丈夫だよ」
そう言うと、美月は微笑んだ。その表情が僕の緊張を解いた。
息を吸って、打ち明けた。
「昨日、思い出したんだ。十年前のこと」
そう言うと、美月は目を丸くしていた。
「忘れててごめん。そして僕も……十年間ずっと美月が好き」
「……本当?」
「うん」
「嬉しい……!」
美月は今までを拭うような笑顔を見せ、僕に抱き着いてきた。思わず僕も美月の背中に腕を回した。強く抱きしめたかったけれど、潰してしまうと怖かったから、そっと包み込んだ。
例え限られた時間の中でも、僕は美月と一緒にいたい。
「学校別々になったとしても、ずっと大好きだよ。」
「うん!」
だって美月は、僕の揺るがぬ光であり、ポラリスだから。……なんて、恥ずかしい言葉が浮かび飲み込んだ。
お互いに目が合い、瞼を閉じる。心臓が飛び出そうなほどうるさい。けれど、とても幸せだ。
彼女の温かい唇が、僕の唇と重なった。昨日は分からなかったけど、女の子の唇ってこんなに柔らかいんだな──
ん? なんか後ろから声がする。
「うっそ! 美月ちゃんと蓮くんがキスしてる!」
「まじかよ。やるじゃねえか星崎」
「北川さん、ぜひそこから星崎くんを押し倒しt」
嫌な予感がする……。唇を離し、後ろを振り向く。そこにいたのは、昨日からかってきたあの三人だった。
「お前ら……。今度覚えてろっ!」
「「「わーーー!」」」
ダッシュで三人が逃げていく。それを見て美月は大笑いした。
勉学も恋愛も頑張っていこう。夏はまだ、始まったばかり。
Polaris 板谷空炉 @Scallops_Itaya
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