第3話

 部屋からいなくなって数時間後、フランはまた戻ってきた。続いて、料理を載せたワゴンを押している、片眼鏡モノクルをかけたメイドが一人入ってくる。

 部屋に置いてある大きなテーブルに着くように促され、それに従う。

 私が座ったのを見届けてから、フランも私の向かい側に座った。


「アリーシャ、お腹がすいたでしょう?」


 死者も空腹になるのか、と思ったが、料理を見るなり、ぐー、と腹の虫が鳴いた。

 

 くすりとフランが笑う。

 

 「懐かしいわね。初めて会った時もアリーシャはお腹を空かせてた」


 恥ずかしさで、顔が赤くなる。

 

 「もう……、忘れてよ、それは……」


 「忘れられないわ。アリーシャと過ごした日々は、1秒だって忘れたくないもの」


 「……そうだね、私も同じ気持ち」


 ろくなことがなかった私の人生で、唯一楽しかった時間だ。

 私だって、忘れたくない。


 フランは私の返答に、少し驚いた顔をしていた。


 「アリーシャは、私を恨んでると思ってたわ。私のせいで……あんな目にあって死んじゃったから」


 口ぶりから察するに、フランは私の身に起こったことを知っているようだった。

 ……正直、知られたくはなかったな。


「まさか。悪いのは、フランじゃなくてシュタイン家だから。それより、フランが酷い目に遭わされてないか、心配だった」


「その言葉、本当?」


 「うん。確かめてみてもいいよ。……確か、生き返らせた相手の考えが読めるんだよね」


 シュタイン家の力で生き返らせた者は、術者のしもべとなる。

 命令に従わせることも、心を読むことだってできる。


 「ええ、分かるわ。…………本気でそう言ってくれてるのね」

 

 私の気持ちを読み取るためか、少し間をあけて、フランがそう答えた。


 「でも、心配いらないわ。何度も言ってたでしょう?私は"一族始まって以来の天才"だから、向こうも下手には扱えなかったの……そのせいで、アリーシャが狙われたのかもしれないけど」


 天才……。そう確かに昔、何度もフランから聞いたセリフだ。

 具体的には、何かは知らないけど。


「そういえば、昔は分からなかったんだよね。結局、何が特別だったの?」


「それは……まだ、内緒」


 フランは口に人差し指を当て、イタズラっぽく笑った。


 「絶対に驚くわ。自信がある。でも、まだ内緒にしておきたいの。だって、言っちゃったらサプライズにならないでしょう?」


 「サプライズ?」


 「お嬢様、一度その辺りで。料理が冷めてしまいます。続きはお食事をしながら」

 

 今まで黙ってフランの後ろに控えていたメイドが、突然声を発した。

 す、すっかり忘れてたからびっくりしちゃった……。

 

 『そうね、用意しなさい』とフランの命令で、皿をテーブルに並べ始める。


 サラダ、スープ、ステーキやパンなどなど、食べきれないほどの、豪華な料理が並ぶ。


 正直、豪勢すぎて尻込みしてしまいそうだ。


 「どうぞ。遠慮せず、好きに食べて」

 

 そう言われ、恐る恐る一口、口に運ぶ。

 ……美味しい。想像通り、いや想像以上の味。


 一口、もう一口、と食べていくうちに、気づけば手が止まらなくなっていた。

 

 ガツガツと下品にかき込む私を、フランは料理に手を付けず、ニコニコと笑って幸せそうに見ていた。

 



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