第4話



 「もっと早く料理を持ってくればよかったわね」


 「ごめん、あんまり美味しかったから、つい」


  料理が終わり、追加でメイドが持ってきたケーキと紅茶を食べながら、そんな会話を、フランと私はしていた。

 あれだけ豪華な食事の後に、まさかデザートまであるとは思わなかったな。


 「気にしないで。夢中なアリーシャも可愛かったわ」


手が止まらなさすぎて、フランの分もいくつか貰ってしまった。

 ……恥ずかしい。

 

 話を変えようと、私は食事の前にしていた話を持ち出す。


 「それで、ええと、サプライズ、って言ってたよね?それって……」


 「そうね、どこまで言おうかしら……」


 フランは考えこむように、紅茶を一口飲んだ。


 「アリーシャに、外は危ないから出ちゃだめって言ったでしょう?それは確かにそうなのだけど、それだけじゃないの」


「それだけじゃ、ない?」

 

 ええ、とフランが頷く。


 「実は今、アリーシャのために『あること』を外でしていて、それに私の力が関わってるの」


「……『あること』って?」


「それは内緒よ。全部言っちゃったら、サプライズにならないでしょう?近いうちに準備が終わるから、期待して待ってて。だからそれが終わるまで、アリーシャにはここにいてもらわなくちゃいけなくて、不便をかけることになるけれど……」


「うん、分かった。ここにいるよ」


 即答する。ここから出られないとしても、今までいた、あの孤児院や、屋敷の地下牢より遥かにマシだ。文句はない。なにより、フランに余計な気を使ってほしくなかった。


 フランは、ありがとう、と私にお礼を言った。


 「本当は、全部終わってから呼びたかった。でも、耐えられなくて」


 「……?」


 耐えられないって?と不思議に思っていると、フランが立ち上がり、私のそばにやってきた。

 そして私の頰に手を当てながら言った。


「アリーシャがいない世界は、真っ暗で冷たい夜の海を息継ぎもできずに泳いでいるみたいだった。

 周りはみんな冷たくて、私を傷つけて、癒してくれるものは何も無かった」


 「……私も同じだったよ」


 私の頰にあるフランの手に、私の手を重ねる。


「フランから離されて、屋敷の地下牢に入れられて。ずっと。ずっと、フランに会いたいって思ってた」


 お互いに見つめ合う。

 同じ気持ちだったことが、何よりも嬉しかった。


 「アリーシャ……」


 フランが私にキスをしようとする。

 私もそうしたかった。

 ……だけど、手をゆっくりと突き出して、フランを止める。


 「ダメだよ。フラン……」


 「どうして?」


 ……これを言うのは辛い。思い出したくもない。

 だけど、言わないと。フランまで、汚してしまうわけにはいかない。


「あのねフラン……、私が死んだ時。私は……襲われそうになったの」


 あの時、確かに事はおこらなかった。死ぬ時は、汚されずに済んだと安堵した。

 

 「……だけど未遂でも、やっぱり私の体は汚されたも同然だよ。だから、フランとする資格がない」

 

 けれど、フランは私の心配を吹き飛ばすように言った。

 

 「そんなことないわ。昔と同じ、綺麗なまま。私が大好きな、アリーシャのままだわ」


 フランは屈んで、座ったままの私と視線を合わせる。


 「不安なら、私が上書きしてあげる。だから、私を受け入れて」


 フランのその言葉が……、涙が出るほど嬉しくて。

  

 フランを抑えていた手が、自然と降りた。


 私の唇に、フランの唇が重なる。


 殆どフランしか映らない視界の端で、いつの間にかテーブルの皿をワゴンに載せていたメイドが会釈して、音を立てずに部屋から出ていき……、


 静かに閉じた扉の内側で、私とフランは数年ぶりに愛を確かめていた。

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