第5話
私が蘇って、随分日が経った。
フランが言った通り、ここから出られはしなかったけれど、不満はなかった。
ここには、美味しい食事も、暖かいベッドだってある。
なにより、フランが頻繁に一緒にいてくれる。
用事とかでいなくなってしまうことも多いけれど、それが一番嬉しかった。
二人で思い出話に花を咲かせるだけで、あっという間に一日が終わる。
会話は、主に私が連れ去られるまでの二年間の思い出。
離れた後の話はしなかった。
その間なにがあったのか……、シュタイン家の人間が死んでいることとか、気にならないといえば嘘になるけど。
私だってその時の話はしたくないし、フランが何も言わないのなら、わざわざ言及しない。
こうして、フランといられる、夢のような生活に、ようやく慣れてきた頃だった。
「アリーシャ、明日から、しばらく留守にしなくちゃいけないの」
「え……」
一緒にお昼を食べていると、フランが突然言った。
「例のサプライズのために……、私が遠出しなくちゃいけなくて。……私も寂しいんだけど」
行かないで、と言いそうになった。
何かは知らないけど、フランがいてくれる方が嬉しい、って。
でも私のためにしてくれていることだ、と思い直し、言わずに済んだ。
……読み取ろうと思えば、私の気持ちは筒抜けなんだけど。
私は代わりに聞いた。
「いつ帰ってこれるの?」
「……それがごめんなさい、分からないの。早ければ数日で帰って来られると思うのだけど……、はっきりとは」
「そうなんだ……」
「私も辛いわ。でも、アリーシャのためだから」
悲しそうに眉をひそめるフラン。
そうだよね、悲しいのはフランも一緒なんだ。
だったら……。
「……うん。気をつけてね。楽しみにしてる」
せめて、笑って見送ってあげるべきだ。
私は精一杯の作り笑いをフランに見せた。
そして、翌日からフランは本当に部屋に訪れなかった。
フランが来ない日は、とても辛い。
いつ来てくれるのか、それが分からないと、尚辛い。
二日たち、三日目には、ご飯もほとんど喉を通らなかった。
料理の質は変わらないのに、味を感じない。
「…………」
何をする気も起こらず、ベッドで横になった。
「フラン……」
こうして一人でいると、今までのことが嘘みたいだ。
あの時の、地下牢に囚われていた時の、孤独を思い出す。
変わり映えのしない部屋を見ていると、変になりそうで、目を閉じる。
そして次に目を開けると……、私は死ぬ前にいた、暗い地下牢に一人きりでいた。
いつものように、お腹は痛いほど空いていて、冷たい硬い床で横になっている。
空腹に耐えかねて、背中側の床を探る。
……………………あった。
いつも、一日に一回持ってこられる食事。
それを一気に食べると、お腹が弱っているせいで戻してしまう。だからといってゆっくり食べていると、時間がきて、残っていても回収されてしまう。
だからいつもパンを小さくちぎって隠していた。
私は身を少し起こすと、そのパンに集っていた虫を手で払いのけ、カケラを口に運ぶ。
カビの味がした。
何も、灯ひとつさえない景色を一人見ていると、
フランとの再会は夢だったんだと気づき始める。
そうだよね、あんな幸せなこと、あるはずないよね。
暖かいベッドがあって、美味しい食事もあって。
何よりフランがいて。私を愛してくれて……。
「フラン……」
頬を涙が伝う。
「フラン、フラン……」
ああ、フランに会いたい。
フランに会えるなら、他には何もいらない。
一生空腹で、牢屋暮らしでもいい。
「フランに会いたいよ…………」
何もない宙に、手を伸ばして……。
「ここにいるわ、アリーシャ」
……その手を、フランが強く掴んだ。
一気に意識が覚醒する。
フランが私に用意してくれたあの部屋だ。
ベッドの上で、私は横になって手を伸ばしていて、フランの手と繋がっていた。
フランは、握手のようにして握っていた二人の指同士を絡めて言った。
「思ったより早く用事が済んでね。そうしたら、アリーシャが悲しんでるって感じて、すぐに戻ってきたの」
「ありがとう、フラン……」
ああ、夢じゃなかった。
嬉しくてフランに抱きつく。絡めていない方の手を、フランの背中に回す。
ベチャ
……嫌な、感触。なにか、ドロっとした液体を触ったような……。
恐る恐る手のひらを見ると……、真っ赤に染まっていた。
もう一度フランの姿をよく見る。
そして気づく。
フランの服のあちこちに、大きな血がベッタリと付いていた。
「どうしたの?……ああ……」
フランが、事もなげに言う。
「気にしないで、私のじゃないから」
そ、そっか……よかった……。
安堵する。と、同時に当然の疑問が浮かぶ。
じゃあ、誰の……?
「それって……」
「いいでしょう?そんなことどうでも」
フランが血のついた服を脱ぎ捨て、血の話を続けようとする私に、強引にキスをしてくる。
フランの舌が私の口内に侵入し、支配する。
数分すぎ、息が苦しくなり背中を叩くと、ようやく離してくれた。
頭がぼーっとする。口だけじゃなく、フランに、脳内まで掻き回されたような気さえする。
フランのことしか、考えられない。
「私も、アリーシャに会いたかったの。たった3日が、永遠に感じられるくらい。だから……」
息が苦しくて、視界が歪む。
周りが全て原型を溶かし、中心にいるフランだけがはっきりと見える。
他のことはおしまいで、フランだけが私の世界だった。
「だから、今はただ、愛し合いましょう?」
勿論、私はフランを受け入れた。
【GL】幼馴染が生涯に一度のはずの力を使って蘇らせたのは、一般人の私でした @fujinobu
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