第2話

 一人取り残された私は、困惑して突っ立っていた。

 なにがなにやら、全くわからなかった。


 フランは、すぐには戻ってこなかった。

 とりあえず、部屋の探索をしてみる。

 フランが出て行った扉はしっかりと施錠されていたし、もう一つあった扉はトイレとお風呂に繋がっているだけだった。

 

 出口もなく、ここだけで生活が完結するようになっている、ということは。


「……フランは、私をここから出すつもりはないのかも……」


 フランは、何を考えているのだろう。

 

 フランと最後にあったのは、お互い10歳になった頃だ。


 それに対して、今のフランは16歳くらいに見えた。


 だから、だろうか?


 「フラン、昔と全然違ってた……」


 昔を、フランと出会った時のことを思い出す。


 当時のフランはとても明るかった。


 私とフランが出会ったのは、ほんの偶然の出来事だった。

 私に会う前、フランは馬車に乗っていたらしい。

 が、車輪が壊れ、騒ぎになっている隙を見つけて、当時まだ8歳で、やんちゃだったフランは抜け出し、孤児院までやってきた。


 その時に、フランは、孤児院で育てられていた私と出会ったのだ。


 その孤児院は、最低の孤児院だった。

 寄付金や補助金を孤児院長が着服し、子どもには最低限以下のものしか与えられないどころか、過酷な環境での労働をさせてさえいた。

 

 それが容認されているのは、院長のバックにシュタイン家がいるからだと、みんなが知っていた。

 

 そんなところに、シュタイン家の子どもがやってきた。

 丁度、大人たちはいなかった。

  

 それでも、誰一人として、フランに復讐をしなかった。


 シュタイン家に逆らえばどうなるか、子どもでさえも骨の髄まで知っていた。


 「見て、あの服の紋章!シュタイン家だわ、ここにくる……」


  窓の外をたまたま見ていた子がそう言うと同時に、蜂の巣をつついたような騒ぎになり、一斉に見つからないように隠れ始めた。

 関わり合いになりたくない、と誰もが、身を潜めていた。


 「誰もいないの?」


やがて、入ってきたフランが不思議そうに言った。

 

 だけど、すぐに見つけた。唯一逃げ遅れた、私を。


 「なんだ、いるじゃない。名前は?」


 「…………ア……、アリーシャ……」


 私は震えながら答えた。


 「アリーシャね。ね、他の子はいないの?」


  「そ、それは…………」


 友達を売るわけには行かない。けれど、嘘をついてバレれば、どんな目にあうかわかったものじゃない。


 沈黙する私と、私を見つめるフラン。


 その静けさを破ったのは、私のお腹の音だった。


 グー、と空気の読めない間抜けな音。


 だけどそれが、一番の正解だった。


 「あぁ、お腹が空いているのね」


 フランがポケットを探り、包装されたクッキーを取り出した。

 初めて見る、売り物でない菓子に私の目が釘付けになる。


 「……そうね、ただあげるだけだとつまらないし……」


 フランは、にっこりと笑った。


 「あげる代わりに、私と友達になって」

 

 


 フランは、以降もこっそりと家を抜け、私に会いにきた。


 はじめは、私も警戒していた。なんせ、傲慢で、思い通りにならないものは全て消してしまう、シュタイン家の人間だ。


 だけど、フランが家から持ってきた食べ物をくれたり、献身的に字を教えてくれたり、一緒に遊ぶうちに、気がつくと、私はフランの友達になっていた。


 フランが、孤児院にやってくる頻度も次第に高くなった。


「……こんなに抜け出して、大丈夫なの?」

 

 ある時、私がそう聞くと。


「大丈夫よ、私はね、天才なの」


 フランは鼻高々にそう答えた。


「天才?」


「そ。一族始まって以来の、天才的な素質があるんだって。なにかは私は知らないけど。だから、私に酷いことはできないわ」


 ……そういえば、結局、それがなんなのかは聞けなかったな。



 出会って1年後、誰にも話せない話をフランは私にだけしてくれた。


 「……私ね、シュタイン家が嫌いなの。服についたこの紋章を見るたび、私もその一員なんだな、って悲しくなるの」


 それは私が初めて見た悲しげなフランだった。

 私はそんなフランが見たくなかった。

 だから、提案をした。

 

 「紋章を作ろう」


 「……紋章?」

 

「ええ、私たちだけの。それが心にあれば、シュタイン家の紋章を付けていたとしても、悲しまなくてすむよ」


 フランはこの提案をとても気に入った。

 すぐにいつものように明るくなって、書くものを用意し、二人でデザインのアイデアを出し合った。


 フランが元気を取り戻したことにホッとしていた私は、それがどれほど罪深いことなのか、理解してもいなかった。

 

 それほど、私は明るいフランが大好きだった。

 その眩しさで、私の未来さえ照らしてくれる気がして。

 

 更に時はたち、いつしか私とフランは、友達以上の関係になっていた。


 フランとキスをした後、私は言った。


 「みんなフランみたいだったらいいのに」

 

 そう言った私を、フランは深く抱きしめた。


 「決めたわ、アリーシャ。私、力を使って……絶対にあなたを幸せにしてみせる」


 ……そんなこと、許されるはずないのに。

 




 その、楽しい時間が終わったのは、2年ほどすぎた時だった。


 ある夜、シュタイン家の紋章をつけた人間が突然、孤児院にやってきた。


  『シュタイン家の人間は、当然、その力を一族の繁栄のために使わなくてはならない。特に、あの娘の天賦の才は』

 

 だから、私のことが邪魔だったのだろう。


 連れて行かれ、どこかもわからない遠くの、シュタイン家の息がかかった貴族の屋敷の地下牢へ、監禁されることになった。

  

 死なないギリギリの、貧しい残飯のような食事。

 決して陽を拝むことのできない狭い牢屋。

  私を殺さなかったのは、フランが呼び出してしまうのを防ぐためだと思う。

  長い間、正確には日の感覚もわからないけれど、2年ほどはそこで、何もされず暮らしていた。

 その貴族も、シュタイン家から私という断れない荷物を背負わされ、面倒でかかわりたくもなかったのだろう。


 けれどある夜……、その貴族の息子が、私を襲おうとした。

 私は抵抗した。フランのための体を、汚されたくなかった。

 枯れ枝のような細い手足を振り回し、必死に、必死に抵抗して……、

 その結果、うっかりと勢い余って、その貴族は私を殺してしまった。


 私が助からないことを悟った貴族は慌てて悲鳴をあげ、牢から出ていく。


 あぁ、汚されずにすんでよかった、と安堵する中、私の記憶は、そこで一旦終わり……、次に、気が付いた時には。

 暗い部屋の中、成長したフランが私を見つめていた。

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