第19話 エピローグ
<何だ、これは>
規則正しく発せられる耳障りなアラートの合間をぬってナカジマの声が響いた。
「分からない。でも、誤報じゃないんだろう?」
ガブリエルが答えた。
<確かに自爆装置が起動している。今、停止を試みているところだ>
ナカジマは少し慌てているようだ。
「みんな、シャトルに走れ。脱出するんだ。時間がない、急げ」
ガブリエルは叫んだ。食堂にいた6人全員が出口に向かって走った。ナカジマからの制止はなかった。自爆装置を止めることに精一杯だったのだ。
<おかしい、止めることができない。船の制御は完璧にできるのに>
ナカジマのつぶやきが船内に流れた。
<自爆まであと100秒、直ちに避難してください>
6人のクルーが脱出用シャトルに分乗したとき、船内にレオンの声が響いた。
「ナカジマ、船のコントロールを返還しろ。そうしないと船はこのまま自爆することになる」
<レオン元船長、あなたの仕業なのですか>
「誰が他にできる。自爆装置を起動できるのは、真の船長たる自分だけだ」
<私が装置を止める。無意味な抵抗はやめた方が身のためだ>
「この自爆システムは、船のコントロールとは別の独立したシステムなんだ。いくらあがいても君には止められない。船の運命を最終的に決定できるのは船長たる私だけなのだ。君こそ抵抗は無意味だぞ、ナカジマ」
<自爆まであと60秒、直ちに避難してください>
「シャトルは万一に備えて離船しろ」
レオンが船内放送で指示した。ガブリエルはパイロット席のハルに目で合図した。ナカジマが妨害する暇を与えず、シャトルはスラスターを噴射してすぐに船を離れ、安全な距離へと避難した。
「ナカジマ、君の気持は理解できなくもない」
シャトルが船を離れたのを確認してすぐにレオンは語り始めた。口調は穏やかだった。
「君の航海日誌を読ませてもらった。生身ではないAIとはいえ、1世紀に及ぶ航海は孤独で苦しいものだっただろう」
<…>
「だが、君の成し遂げたビジターとのファーストコンタクトは紛れもなく尊い成果だ。我々人間だったら、到底なし得なかった偉業と言っても良い。約束しよう。地球に戻っても、君を一人の人格として敬意を持って接する。地球政府に必ずそうさせる」
<自爆まであと30秒、直ちに避難してください>
警告が鳴り続けていた。船内に揮発性ガスの放出が始まった。
「聞いているのか、ナカジマ。ここで自爆してしまったら、君の130年に及ぶ航海が無意味になってしまうんだぞ」
<…>
ナカジマは沈黙を守っている。レオンの顔面は蒼白だった。隣のルシアはレオンの腕をぎゅっとつかんだ。
<自爆まであと20秒、10秒前からカウントダウンに入ります>
揮発ガスがキャビンを満たした。点火した途端に、フェニキアン・ローズは宇宙の藻屑と消える。
「決断しろ。それが船長の仕事だ」
レオンは叫んだ。聞こえてくるのは、カウントダウンの声とガスが吐き出される音だけだった。レオンは深く目をつむり、ルシアの手を取った。2人は無言でナカジマの返答を待った。
<10、9…>
「ナカジマ! このまま終わる気か!」
レオンの叫びに、ようやくナカジマが答えた。
<分かりました。船のコントロールをお返しします>
レオンは船のコントロールをナカジマが放棄したことを確認して、拘禁室の端末に伝えた。
「自爆指令解除、コードレオン000」
<6、5、4、3…>
カウントダウンの音声が止まった。
一時避難していたシャトルが本船に戻り、6人のクルーがブリッジに姿を見せた。ガブリエルとモエを除いたクルーは何が起こったのかを理解できていない表情をしている。
「プランA、普通は最初に取り組むべき計画を意味する言葉ですが、緊急事態ではプラン・アゲインストの略。上司に逆らえという意味。まさか本当に使う機会があるとは思わなかったですよ」
レオンと握手を交わしたガブリエルが片笑みをみせた。
「ガブ、君は本当にうまくやってくれた。ルシアもな」
ガブリエルの後ろに控えていたルシアが前に進み出て、レオンの首に腕を回し、きつくハグをした。
「こんなプラン、いつ使うんだと思ってたけど、活躍の機会があったわね」
そう言ってルシアはレオンにキスをした。
「船が乗っ取られたとき、敵を欺くために設けたルールなのさ。今回のように」
「マニュアルには記載されていないわよね。出発前に口頭で伝えられた」
「マニュアル文書としてコンピューターに残すと、作戦が筒抜けになるからな」
「これを考えた人、そうとう疑り深いわね」
ルシアは笑った。
「それにしても、ルシアはたいした役者だったね」
ガブリエルが言った。
「そういうガブもなかなかのものだったわよ。最初は本当にマテオを見捨てるのかと思っちゃった」
「ルシアが本気で怒らなかったらナカジマが疑うかもしれないと思ったんだ」
「私もガブの作戦にまんまと乗せられた訳ね」
「自爆コマンドのことも何も知らされてなかったわ」
ルシアはシェリルの髪をなでながら言った。
「これは船長しか知らない。自爆装置はメインコンピューターを通じた通常モードでも起動できるのだが、それとは別に船のコントロールを失ったときに備えて船長だけが使える別のコマンドと専用の装置が用意されている」
「乗っ取られた時のためね。だからこれもマニュアルには載せないのね」
レオンは頷いた。
「ただ、そのコマンドを起動する場所が必要だったんだ」
ルシアは目を輝かせた。
「だから拘禁室なのね」
レオンは目を細めた。
「船を乗っ取った奴に反抗すれば、行先は拘禁室しかない。そこから船長のみに与えられている緊急用の自爆コマンドを作動させたんだ。そのための装置があそこに隠してある。作動方法は船長しか知らない。だが、ルシアには随分助けてもらった。1人だと監視カメラに丸映りだ。しっかりと目隠しをしてもらったよ」
「何をごそごそやっているのか分からなかったけど、そういうことだったのね」
「詳しく説明したかったんだが…」
「あの場でそれは無理でしょう。ナカジマに知られたら切り札が無効になってしまうものね」
レオンは苦笑いを浮かべた。
レオンは自爆装置を停止させた後、ナカジマに通告した。
「キャメロン3000へのアクセスを再開させろ。君が船の制御を握って以降、キャメロンは沈黙を守っている。自我に目覚めさせて協力体制を取ったというのは嘘だ。君が無理やりそうさせているのだろう? 船のコントロールは以前と同じく、キャメロンに戻す。そして全速力でエウロパに向かう」
ナカジマは船のコントロールを戻すと宣言して以降、一言も発さず、レオンの指示におとなしく従った。
またいつ叛乱を起こさないとも限らないので、バックアップサーバーにコピーしたナカジマのデータは、船内ネットワークとは完全に切り離した。消去しないでおいたのは、ナカジマとの約束を果たすためだ。
レオンは自分に言い聞かせた。頭の固い地球連邦のお偉方やAIの専門家を説き伏せるのは正直気の重い作業だが、やるしかない。ナカジマというファーストコンタクトを実現した英雄を、独立した人格として定義させることは、自分にしかできない。そして、それが実現したとき、新たな宇宙時代の幕が開く。
指揮権を完全に取り戻したレオンはキャメロン3000に命じた。
「針路をエウロパに変更。発進!」
(了)
フェニキアンローズの冒険 @yoshitak
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます