第91話 だから私は
まだ火事の復興の途中である街を歩きながら、テルの場所を目指す。居場所はなんとなくわかっているので、焦る必要もない。
街ではいたるところで焼け焦げた家を修理する人々が見られた。全員大変そうだが、たまに笑顔も見える。雰囲気も悪くないし、なぁなんとかなるだろう。
……
結局この火事で死者は1人もいなかった。サヴォンが火を付ける前に避難誘導を開始したおかげだろう。
ありがたいことだが……できることなら放火もしないでほしかったな。感謝するには憎悪の感情も大きい。アレスは正義の味方ではないので罰するつもりもないが。
そんな事を考えているうちに、テルの場所にたどり着いた。
メイドカフェバレットの店内……だった場所である。いや、今でもそうなのだろうが……とても営業できる状態ではない。
バレットは地下にあるメイドカフェだが、そこにもしっかりと火の手が回っていた。というわけでインテリアも装飾もメチャクチャなので、今は復旧の最中である。
……復旧の最中はメイド服を着る必要はない気がするが……まぁプロ意識というやつだろうか。店内にいる人々は全員がメイド服を着ていた。猫耳も尻尾もバッチリである。
「あ……」アレスの存在に気づいたテルが駆け寄ってきて、「ちょうどいいところに……ちょっと手伝って」
「おう」アレスは腕まくりをして、テルと一緒に大きなソファを運んだ。「……テル……骨折してなかったか?」
骨折から1週間くらいしか経過していない。なのにテルは元気に店内の片付けを手伝っている。
「治ったよ」なんで治るんだよ……「私は人間じゃないので」
「……一応隠してるんだろ……」まぁモロバレだろうが。「とにかく……久しぶり」
「そうだね」ソファを運び終わって、テルは汗を拭く。「お互いに火事の後始末が大変だったからねぇ……1週間振りくらい?」
「そうなるな」
アレスもテルも街の復興の手伝いがいそがしかったのだ。そして2人の所属しているコミュニティが違うので、少しばかり会えていなかった。
2人は他のインテリアも移動させながら、会話を続ける。
「ミラ……結婚したね。カイ王子と」
「そうだな」
「もう会えないかな……寂しくなるね」
「……そうかもな……まぁ、またボディガードでも頼まれるんじゃないか?」
そもそもミラと最初に出会ったとき、彼女は王子だった。
「……短い間に、いろいろあったねぇ……」テルが感慨深そうに、「王子様が訪ねてきて……キミが指名手配犯になって、何度か死にかけて……」
「すまん……」
「謝る必要はないよ。最終的にハッピーエンドだし」アレスにとってはハッピーエンドだ。「政治のこととか……難しいことはミラがなんとかしてくれるでしょ。私達は……今まで通りでいいの」
「今まで通り?」
「キミが隣にいてくれるならいいってこと」良い笑顔だった。「私にとってはそれだけでいいんだ。キミと出会えて愛し合えて……だから私は世界で一番運があるんだよ」
同じ気持ちでいられたのなら、とても嬉しい。
そう……それだけでいい。無冠の帝王と呼ばれたって構わない。死にかけたって構わない。騙されたって構わない。仮に地獄につき落とされても、テルが幸せなら構わない。
そのためなら……人類最強くらいなら倒してやるよ。
これから先……どんな困難が待ち受けていても構わない。テルのことは絶対に守ってみせる。それだけができれば満足だ。
あわよくば……
テルの前で……最高にカッコつけられますように。
無冠の帝王と呼ばないで~最強だがツイてない男(自称世界で一番ツイてる男)が面倒事に巻き込まれる話~ 嬉野K @orange-peel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。