デート


母性だの子宮だのに

神秘や芸術を感じて信仰するなら

父性だの精嚢だのにも

見いだして然るべきじゃないのか


浮き名を流してこそ審美眼が養われるのなら

カーペットに靴音が吸い込まれるこの箱は

案内看板のひしめくネオン街と何が違うの



やめなよ恥ずかしい

年相応にそれらしい暴言のようなものを吐いて

我こそは真実に芸術家だなんて言い出さないでよね


ランドリーみたいにグラスの氷を掻き回して

君は思考ごとぐるぐる目を回す

思いついた言葉をひたすら声に出しているね



あまり好みじゃなかった?


そうじゃない


あら、以外


むしろ好きな作品は沢山あったよ


好きなことと受け入れられることとは

全くの別物なんだ


緑の炭酸に溶けきったバニラを

悲しそうにスプーンでつつく


君が悲しそうにする必要はないだろうに


窓の外、何組もの恋人が次の場所へ向かう


そろそろ、とはどちらも言い出せずに

氷を溶かし続ける


好きなんだ


横顔の君が言う


すごく、好きなんだよ


時間をかけて私に向き合う


分かってる


でもね、の続きを言わせたくなくて

彼女の何もかもを受け入れたふりをする


ほっとしたのを見届けて

そろそろ帰ろうかと声をかける


うん、でも私

あぁそっか、反対の道だったね

うん

じゃあ、気を付けて

うん


何か言いたげな君の瞳をまっすぐにとらえて


さよなら


告げた言葉の重さに心が軋む


見送る勇気を失くして先に背を向けてしまう


ありがとう、大好き


背中から銃弾が撃ち込まれる


はやく、はやく遠くへ

走っても二度と彼女に追い付けない距離まで


私が愛したよりずっと

彼女を大事にしてくれる誰か

一秒でも早く彼女と出会って


一分の隙もないほどに幸せになって


お願い、お願い


私の全部が彼女を愛していると泣き叫ぶ


お願いだから

一度も不幸にならないで

死ぬまでずっと幸せでいて


お願い、お願い



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手回し式映写機 寧依 @neone

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