第2話、白い卯木の花と青い梛(なぎ)の葉

 私は今日も、同級生でクラスメイトである絲子や絵里香と三人で春真っ盛りな中の道を歩いていた。


 アスファルトには似つかわしくない真っ白なの花が道端に咲いている。それがやたらと綺麗で、カバンからスマホを取り出す。私は写真をそれで撮る。うん、上手く撮れたわ。内心でホクホクしながら、絲子や絵里香と他愛もない話を再開する。


「ねえ、卯木。何を撮ったの?」


「え、卯の花だよ。あの白い花」


「へえ、綺麗だね。母さんが好きな花だ」


 そう言って、絲子は目を細めた。彼女には去年からお付き合いしている男子がいたが。名前を石伊君とか、言ったかな。なかなかに和風のイケメンで全校女子生徒から、密かに狙われていたはずだ。そんな人の恋人の座を勝ち取ってみせた絲子は見かけによらず、したたかと言うか。まあ、かなりやるなあとは思った。

 背は平均的だけど、絲子はほっそりしていて。スレンダーで割とスタイルが良い。髪もイマドキでは珍しい真っ直ぐな黒色でサラサラとしている。それを肩口辺りで切り揃えていた。

 顔立ちは中の上でよく見たら、美人と言えなくもない。切れ長な黒い瞳にスッと通った鼻筋、唇は小ぶりながらに艷やかな薄いピンク色で。和風美人と言えた。うん、石伊君とはお似合いだわ。そう思いながら、絲子や絵里香と帰宅を急いだのだった。


 翌日、また三人で登校する。私には同じクラスで去年から、付き合っている彼氏がいた。名前をなぎと言う。

 ちょっと、癖毛が入った黒髪を短く切り揃え、制服をかっちりと着込んでいる。目は一重だが、切れ長で。和風さながら、周りからは「武士みたい」と言われる風貌だ。背は高く、体格もややがっちりしていた。

 ちなみに、梛は柔道部の男子部員だ。まあ、口数が少なくて物静かではある。けど、穏やかで温厚な性格でもあった。


「卯木、教室に着いたよ」


「あ、本当だ。ごめん、ボウッとしてた」


「あたしは気にしていないよ、けど。藍井あおい君がこっちを見てるね」


 私は絲子が眺める視線を追う。確かに、ちょっと心配そうな表情でこちらを見ていた。


「……マジッすか。教えてくれて、ありがとう。絲子」


「どういたしまして」


「見かけはしっかりしているのに、意外と抜けてるよねえ。卯木は」


「あんたも人の事は言えないよね?絵里香」


「……分かったわよ、言い過ぎました!ごめんって!」


 からかう絵里香に軽く睨みながら、言った。すぐに謝ってはきたが。私はまだ、釈然としない。それでも何とか、怒りを抑える。自身の席に向かった。


 私の席は梛の右斜め前にある。椅子を引いて、座ろうとした。


「……おはよ、卯木」


「おはよう、梛」


 梛から声を掛けてくる。ぎこちないながらも、返事をした。


「けど、卯木。お前、さっきは何でボウッとしていたんだ?体調でも悪いのか?」


「う、ううん。春先って眠たくなりやすいじゃん、そのせいだとは思うけど」


「ふーん、分かった。あ、授業まで十分もないぞ。急いだ方がいいよ」


 梛が片手に持っていたスマホの画面を眺めながら、教えてくれた。確かに、教室の壁に掛けてある時計は午前八時十分を過ぎている。頷いて慌てながらも授業の支度を始めた。


 気がつくと、放課後になっていた。私は教室で一人きりだ。既に、用事があるからと絲子や絵里香は下校している。今日は珍しく、私だけで帰る事になった。机の中にある教科書やノートなどを学生カバンに入れていく。最後に、筆記用具やタブレットなんかもしまい込む。


(よし、支度はできたかな。さて、帰ろう)


 私は席から立ち上がり、椅子を戻す。教室を出たのだった。


 夕暮れ時のオレンジ色の日差しが廊下に降り注ぐ。そんな中を速足で通り過ぎた。ヤバい、もう午後五時だ!

 母さんに怒られるし、凄く心配を掛けさせてしまう。急いで玄関口に向かった。

 けど、私は十メートルくらい離れた所に二人程の人影を見つける。あれ、高い背にがっちりした体格の男子だ?

 後ろ姿だが、目を凝らした。ちょっと、癖毛が入った黒髪にきっちりと着込んだ学ラン姿は彼氏の梛だわ。隣には私より、やや小柄で華奢な女子生徒がいる。ちょっと、赤みがかった茶髪を背中に付くまで伸ばし、ピンでサイドを留めていた。顔はよく見えない。横顔が何とか、見えるくらいだが。制服はこちらもきっちりと着込んでいた。うん、庇護欲を掻き立てる可愛い系タイプと見た。名前や学年なんかは知らないが。

 梛はその女子生徒と何やら、話し込んでいる。ちなみに、この学校では男子が学ランで女子はブラウスにジャンパースカート、上にジャケットを羽織るブレザータイプだ。いわゆる私立の高校だからね。なかなかに女子の制服は可愛いと昔から、評判だ。

 私は声を掛けるのも憚られた。静かにその場を立ち去るしかなかった。


 自宅に帰って課題をやっていたが。夕暮れ時に見た光景が頭から、なかなか離れてくれない。あの子はどの学年なんだろう。ちょっと、距離が離れていたからなあ。リボンや校章の色がはっきり見えていたら、すぐに分かったのに。私はため息をついた。いくら、考えても答えは出ないままだった。


 翌日、私は悶々としながら、お昼休みを迎える。お弁当を教室で絲子や絵里香と三人でいつものように、食べていた。


「ねえ、卯木。ちょっと、今日は元気がないね?」


「分かる?絲子」


「うん、朝から浮かない表情だからさ。気になってた」


 私はおかずをつつきながら、ポツポツと考えていた事や昨日の事を二人に説明する。まず、昨日の放課後に梛がある女子生徒と一緒にいて、驚いた事や声を掛けるのも憚られた事。最後に、女子生徒が気になって仕方ないと言って話し終えた。また、おかずやご飯を口に運ぶ。絲子も絵里香も何故か、無言だ。


「……成程、卯木が声を掛けるかどうか悩むくらいには藍井君とその女子は仲が良さげに見えたの?」


「うん、何を話していたかまでは分からないけど。凄く親しそうな感じだったよ」


「ふーむ、今は藍井君はいないね。ならさ、放課後に思い切って一緒に帰ろうって誘ってみない?」


「え、私から?」


「そうだね、絲子の言う事も一理あるね。藍井君に昨日の事をそれとなく訊いてみなよ!」


 私は驚きながらもとりあえず、頷いた。


「うん、絲子や絵里香が言ってるように、一緒に帰ろうって誘ってみるよ。ありがとう、二人とも」


「「うんうん、その意気だよ」」


 お礼を言うと、絲子も絵里香も頷きながら笑う。和やかにお昼休みは過ぎていった。


 放課後になり、私は梛に勇気を振り絞って声を掛ける。


「ね、ねえ。梛、今日は一緒に帰ろう!」


「……あ、卯木か。いいよ」


「分かった、じゃあさ。廊下で待ってるね」


「ああ、すぐに行くよ」


 私は頷いて廊下に向かう。しばらくは待った。


 十分もしない内に、梛はやってきた。余程、急いだのか。彼は息を切らせている。


「ごめん、待たせたか?」


「ううん、そんなには待ってないよ」


「そっか、良かった。じゃあ、行こうか」


 私はまた頷く。梛とゆっくり、玄関口に向かった。


 他愛もない話をしながらも私は玄関口で一旦、梛とは別々に行動する。サンダルから、革靴に履き替えた。一通りできたら、先に待っていた梛と合流する。


「卯木、もう遅いからさ。急いで帰ろうよ」


「うん、待って。梛!」


 私は急ぐ梛を追いかけた。玄関口から、グラウンドに出た。しばらくは無言でいたのだった。


 帰り道の半分くらいまでは来たような気がする。私は思い切って、昨日の事を梛に切り出す。


「……ねえ、梛。昨日の放課後にね、一緒にいた子だけど。私さ、たまたま偶然にも梛がその女子生徒と話してるところを見かけちゃって。でも、知らない子だったから。誰かなあって気になってたというか。いや、責めるつもりはないよ?」


「え、昨日に一緒にいた子?」


「うん、背はちょっと小柄で。茶髪のロングの子だよ」


 詳しく言うと、梛は固まる。そして、一気に慌て出した。


「……あー、あの。その女子生徒は柔道部の先輩でさ、上級生だよ。名前は遠藤さんって言って。実は俺の兄貴の彼女さんでもある。昨日は偶然、廊下で出くわしてさ。んで、ちょっと話し込んでたんだ。卯木、誤解させちまったようだな?」


「えっ、梛のお兄さんの彼女で。部活の先輩だったんだあ。なーんだ、気にして損した」


「な、何と言うか。悪かったよ、早めに説明もしないで」


「いいよ、明日にコンビニでスイーツを買うのを付き合ってくれたらさ。それでチャラにしよう?」


「分かった、明日は土曜日だしな。覚えておくよ」


 梛は真面目に頷く。私も同じようにした。そして、おもむろに差し出された手に自身のを重ねる。キュッと握り合いながら、ゆっくりと帰路についたのだった。

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短編集 入江 涼子 @irie05

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