短編集
入江 涼子
第1話、赤い糸
今は七月で、夏休みが近い。
毎日が暑くてたまらないが。あたしは何とか、過ごしていた。今日も学校で授業を受け、下校時間になっている。クラスメイトで親友の
「
「うん、そうだね」
「卯木、絲子。それを言っちゃうとアウトだよ」
最初が卯木、次があたし、最後が絵里香だ。よく、中学生の頃からツルんでいた。あたし達、中一や中三は同じクラスだったしな。そんな事を思いながら、夕暮れ時の中でゆっくりと帰路に着いた。
翌日、また普段通りに学校に通う。玄関口で靴を脱ぎ、下駄箱にあるいわゆる室内履きもとい、スリッパを履く。ゆっくりと教室に向かった。引き戸を開け、自身の席についたが。
「……なあ、
「え、何?
「隣のクラスに
同じクラスの男子もとい、打村が左手の内、親指を立てて廊下側を
……あ、思い出した。石伊と言ったら、校内では有名な和風イケメンじゃないか。何と言うか、アイツの周りだけが禅寺や枯山水の雰囲気を醸し出す。それくらいには純和風なヤツだ。
あたしは仕方なく、カバンを机の横にあるフックに掛ける。急いで、廊下側に向かったのだった。
石伊はあたしが教室から出て来るのを待ち構えていた。
「……あの、三村さん。いきなり、来てごめん。ちょっと今からいいかな?」
「はあ、いいけど」
「そっか、手短に済ませるからさ」
あたしは頷く。石伊はくるりと踵を返して、歩き出す。黙って付いて行った。
たどり着いたのは空き教室だ。石伊は先に、入るように促す。あたしが中に入ると彼も同じようにする。が、カチャリと小さな音が鳴った。あたしはすぐにそちらを見る。
「あ、あの。石伊君?」
「三村さん、念の為に鍵を掛けた。これから、大事な話があるから。それまでは外に出られないよ」
「え?!」
何がなんだか、訳が分からない。それでも、仕方なくまた頷く。石伊はやっと、安堵したらしくにっこりと笑った。
「俺さ、一年の春頃からずっと、三村さんが好きだったんだ。だから、良かったら付き合ってください」
「……はい?!」
あたしはいきなりの事に考えが追いつかなかった。けど、十秒程が経って。やっと、石伊が告げた言葉の意味が理解できた。
要はあたし、告られたのだ。それに気づくと顔に熱が集まるのが分かる。
「はあ、あたしをね。石伊君なら、それこそ選り取り見取りなんじゃないの?」
「俺、あんまり女女しているヤツが苦手でさ。むしろ、三村さんくらいが一番落ち着く」
「……分かったわよ、石伊君の言いたい事はね。いいよ、お付き合いしよう!」
あたしがはっきりと言ったら、石伊は満面の笑顔を見せた。その後、やっと鍵を開けてくれる。石伊は「OKされた、ラッキー!」と言いながら、自身の教室に戻って行った。あたしも同様にしたのだった。
あれから、早いもので石伊と付き合い出してから一年が過ぎた。今は高三の夏休みだ。
あたしは帰宅部だから、何にもやっていないが。代わりに、友人の卯木や絵里香は委員会活動で忙しそうにしていた。あたしは自宅の部屋にて、夏休みの課題をやっている。傍らには石伊もとい、彼氏の東里がいた。東里もカーペットの上にクッションを敷いている。それにへたりながらも同じく、課題をやっていた。
「なあ、絲子。数学の課題、どこまで進んだ?」
「うーん、六割くらいは進んだよ」
「そっか、俺も七割方は終わった」
あたしはさすがと思った。何気に、東里は学年でも二桁台に入るくらいには優秀だ。あたしも東里と付き合い出してからは勉強を以前よりも、頑張るようになっている。
「ちょっと、休憩でもすっか」
「うん、下に降りてさ。麦茶でも用意するよ」
「あ、頼むわ。喉が乾いててさ」
「分かった、待ってて」
あたしは椅子から、立ち上がる。一階のキッチンに向かった。
キッチンには母さんがいた。麦茶を淹れたいと言ったら、付け合わせで
ドアの前に行き、声を掛ける。すぐに東里が開けてくれた。
「麦茶、持ってきたよ。後、母さんが水餅をくれたんだ」
「お、夏にはピッタリだな!おばさんには後でお礼を言っとくよ」
「うん」
あたしは頷いて、自室のテーブルの上にトレーを置く。麦茶や水餅入りのお皿をまずは東里の前に、次に自身の前にとする。クッションも置いてへたり込む。東里は広げていた文房具やノートなどを片付ける。
あたしは先に、麦茶を飲む。喉が乾いていたから、一際美味しく感じた。水餅もフォークを取って切り分ける。ぷるぷると左右に揺れた。それを口に運ぶ。母さんお手製の水餅、やっぱり懐かしいし、美味しい。寒天の生地がひんやりしていて、食感もぷりぷりしている。味はあまりしないが、餡の甘みと相まってほっぺたが落ちそう。
また、母さんにレシピを聞いてみよっかな。そう思いながら、食べ進めた。
麦茶や水餅を食べ終わり、また下に降りた。母さんに空いた食器を渡し、自室に戻る。課題に取り組むのを再開した。
あれから、しばらくしてあたしと東里は課題を一つ終わらせた。今は七月の下旬、そろそろ進学か就職かを考えないと。
東里は進学すると言っていたが。それを思いながら、自宅に帰る彼氏を見送った。
夏休みが過ぎ、新学期が始まった。あたしはやっと、短大に進学する事を決める。東里に話したら、彼も近くの公立大に進学すると言った。
なら、離れ離れにならないねと言ったら。何故か、東里は顔を薄っすらと赤らめた。
「どうしたの?」
「な、何でもない!」
東里はそのまま、教室に行ってしまう。ちなみに、今は同じクラスだ。あたしは訳が分からないながらも後を追った。
短大に入学して、しばらくは忙しい日が続いた。学費は両親が払ってくれているが。自身のお小遣いくらいはと、バイトを始めたからだ。コンビニの店員をしながら、短大に通い続けた。
二年が経ち、あたしは無事に短大を卒業する。就職先は中小企業だが。こちらの社長さんがなかなかに好人物で、あたしは胸を撫で下ろした。
さらに、三年が過ぎた。東里も大学を卒業して、ある大企業に就職した。あたしはまだ、彼と付き合い続けている。
あたしと東里も二十三歳だ。時たまにデートをしたり、互いの自宅にお邪魔したりはしていた。
「……なあ、絲子。俺達、付き合い出してからさ、六年が経つな」
「そうだね、早いよねえ」
「いっその事、結婚するか?」
またも、東里が言い出す。ふと、高二の夏頃に告白された事が脳裏を
「……分かった、ちょっと早くはあるけど。こちらこそ、よろしくお願いします」
「……ありがとな、絲子」
東里は嬉しそうに笑う。あたしも嬉しくなって、手を差し出す。東里もすぐに気がついて、軽く握る。しばらくはそうしていたのだった。
――End――
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