第3話 通う心①

翌日、目を覚ましたら、立派な布団に寝ていた。


そう言えば、お嬢様の代わりをしろって言われて、屋敷に連れて来られたんだっけ。


私は起き上がると、布団を畳んだ。



辺りを見ると、朱色の鮮やかな化粧台が置いてある。


音羽さんって言う人は、毎朝こんな豪華な化粧台で、身支度をしている人なんだな。


一方の私は、手串で整えるだけ。


生まれた場所が違うだけで、こんなにも生き方に差があるんだなぁ。



静かに障子を開けると、日の光が眩しく光っていた。


庭の花が、美しく咲いている。


こんな景色を見るのは、初めてだ。



「もう、起きたのか?」


庭の奥から、昨日の夜、私をここに連れて来た人、将吾さんの声がした。


「おはようございます。」


「おはよう。」


よく見ると、将吾さんは女性のように、綺麗な顔立ちをしていた。


白い顔、切れ長の目、透き通った瞳。


どれも、私の周りにはない物だった。



「よく、眠れたかな。」


「はい。ぐっすり眠れました。」


私がそう言うと、将吾さんは、笑顔を見せてくれた。


その笑顔が、花のように綺麗だった。


って、まずい。


こんな綺麗な人の妹だったら、絶対美人なはず。


私に、そんな人の代わりなんて、できるんだろうか。



「朝食を持って来させよう。部屋でお待ちなさい。」


「はい。」


私は再び部屋に戻ると、奥に置いてあった化粧台の中を覗いた。


そこには、畑仕事で浅黒くなった顔が、映っていた。


「どうしよう。絶対、バレるよね。」


そんな時、化粧台の引き出しが、少し開いてるいるのが見えた。


いけないと思いつつ、そーっと引き出しを開けると、そこには白粉と紅が入っていた。


「うわー……これが噂に聞く、白粉か。」


興味本位で手を伸ばそうとしたら、障子が開いた。



「おはようございます。」


そこには、朝食を持った亮成さんが座っていた。


「お、おはようございます。」


見られたかな。


ちょっとドキドキしながら、部屋の中央にやってきた。


「朝食を持って参りました。」


「はい。」


見ると白いご飯にお味噌汁、おかずに魚まであった。


私は思わず、ゴクンと唾を飲んだ。


「どうぞ、召し上がり下さい。」


「頂きます!」


私は安心したのか、お腹が減っていて、しかも白い飯にありつけるってだけで、ものすごい勢いで食事をかき込んだ。


「美味しいですか?」


「はい!美味しいです!」


一切の休みもなく、箸を動かしていたから、全部食べ終わった頃には、亮成さんも茫然としていた。


「ご馳走様でした!」


「すごい食欲ですね。」


「はははっ!何せ、白い飯食うのは、人生で2度目ですから。」


もうこうなりゃ、笑うしかなかった。


「食欲旺盛なのは、何よりです。」


私の食べ終わった食器を、脇に下げ、亮成さんは真っ直ぐ私を見た。


「もう少しで、将吾様がいらっしゃると思いますので、今しばらくお待ちくださいませ。」


「は、はい。」


そう言うと亮成さんは、食器を持って、部屋を出て行ってしまった。


シーンと静まる部屋の中。


落ち着け、私。


もう家族もいないんだから、この家にご厄介になるしかないんだから。

何を言われても、二つ返事で受けなきゃいけないんだから。


私は、両手をぎゅっと握った。


すると障子の外から、”失礼するよ”と言う声がした。


障子が開くと、将吾さんと亮成さんが、部屋の中に入って来た。



将吾さんは、私の目の前に座ると、ニコッと笑った。


「食事は、口に合ったようだね。」


「はい!とても、美味しかったです!」


「よかった。これから話す事、気を楽にして聞いてほしい。」


「はい。」


そう言われても、緊張する。


大体、そのお嬢様は、今は一体どこにいるのだろう。



「これからの事なんだが、まずはこの部屋から、なるべく出ないでほしいんだ。」


そ、それって……軽い監禁!?


「第一に、行方不明になっている妹が、いるのではないかと、周りに思わせる為だ。」

「えっ……いるって思わせる?」


なぜに?


それよりも、そう言う状況なら、早く探した方がいいんじゃあ……


「第二に、妹の嫁ぎ先も、上手く誤魔化す為だ。」


「ええ~!」


と、嫁ぎ先いいい!?


「結婚するんですか?私?」


「いや、結婚するまで、本人だと思わせてくれれば、それでいい。」


直ぐに”はい”とは言えない、この状況。


どうしよう。


何も言葉が出て来ない。



「急にこんな事言われても、困るだけだね。」


「うっ……」


「一晩、考えてくれていいんだ。明日、返事を聞きに来る。」


心の中で、ほっとした。


でも、私に断る選択肢って、あるのかしら。



「あの……」


「何だい?」


あの笑顔が、崩れる事が怖い。


「もし、私が……できませんと言ったら……」


「そうだね。そう言う時もあるね。」


また、心の中でほっとした。


私、やるかやらないか、選べるんだ。


「その時は、あの人買いに君を……」


「そんな~~!」



泣きそうになった。


最初から私に、選択の余地なんて、ないんじゃないか!



「まさか、助けてもらったお礼、忘れてはいないよね。」


あの!


優しい笑顔が、鬼のように見える。


何なんだ!この人!!



「では、私は仕事に行ってくるよ。」


将吾様は立ち上がると、あの見た目爽やかな笑顔で、部屋を去って行った。


「行ってらっしゃいませ、坊ちゃま。」


そんな将吾様を、正座で見送る亮成さんは、どうなんだろうか。


「では、私もここで。」


ほらね、直ぐに一人にしようとする。


「あ、あの!」


「何でしょう。」


「一人で……考えろって言う事ですか?」


亮成さんは、目をぱちくりさせて、私を見続けた。


「もしかして、迷われているのですか?」


「当然です!」


急に屋敷に連れて来られて、妹に似ているから、家族と婚家を騙せなんて、迷わない人がいないでしょ!


「あれだけの美男子に頼まれて?」


「そこは、理由になりません!」


た、確かに。


今まで見た事ないような、綺麗な顔立ちだとは思うけれど!


それにほだされる私では、ない!


「分かりました。私でよければ、相談に乗りましょう。」


亮成さんは、胸をドンっと叩いた。


そんな事されても、まだ信じるか信じないか、分からないけれどさ。


「さて。どこを迷われているんですか?」


「その……私じゃあ、務まらないです。」


私は、手をぎゅうっと握った。


「私、畑で野菜しか作った事しかないから、お嬢様の振りなんてできないし。肌だって黒いし。学だってないし。」


亮成さんは、私の話をじっと、聞いてくれていた。


「家族の皆さんに会ったって、直ぐに本人じゃないって分かると思いますし、相手の家の方だって、がっかりすると思います。」


「うーん……」


それはそうだよ。


農家の娘が、急にこんな大きな家の、お嬢様に振りをしろなんて、無理だよ。


「……肌は、しばらく家にいれば白くなりますし、お嬢様は白粉を塗っておられましたから、誤魔化せると思います。」


「えっ?」


私は、顔を上げた。


「それにお嬢様は、学業の成績は中ほどでした。質問に答えられなくても、問題ありません。」


「そんなモノですか?」


「はい。礼儀作法も、私がみっちりお教えします。大丈夫です。」


なんだか、亮成さんに言いくるめられている気がする。


「後は、ありませんか?」


「あの……お嬢様は、なぜいなくなったのですか?」


亮成さんは、寂しげに笑った。


「それは、私にも分かりかねる事でして……」


「あっ……」


そうか。


亮成さんだって、困ってるんだよね。


仕えている家のお嬢様が、急にいなくなって。


「……すみません。」


「いいえ。お力になれたかは分かりませんが、では、私はこれで。」


そう言って亮成さんは、この部屋を出て行った。



部屋に一人残された私は、さっきの亮成さんの言葉を、永遠と頭の中で繰り返していた。


亮成さんはあんな事言ったけれど、家族まで誤魔化せる訳がない。


でも、断ったらまた、人買いに戻される。


二つを同時に、避けるには……

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身代わり少女は主人を慕う 日下奈緒 @nao-kusaka

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