第2話 似ている②

「よかった!間に合った!」


私は喜びながら、家まで走って、扉を開けた。


「お父ちゃん!お母ちゃん!」


だけど扉を開けた時、生臭い匂いがした。


「えっ……」


月が雲から出てきて、家の中を照らした時、私は愕然とした。



親、兄弟、みんな刺されて死んでいたからだ。


「き、きゃあああ!」


叫びに叫んで外に出ると、人買いの男が、追いかけて来ていた。


「どこだ!」


私を探す人買いに、恐怖を覚えた。


捕まったら、私も殺されるかもしれない。


私は、逃げに逃げ回った。


林の中を駆け抜け、森の中に入った。


そして、森の深くに足を踏み入れた途端に、光を見つけた。


助かった!人がいる!


私は息を切らしながら、その人の元に近づいて行った。


草がガサガサっと動いて、その人はこっちを見た。


「誰だ!」


体がビクッとなって、後ずさりをしたけれど、後ろからあの人買いの声がした。


「お願いです!助けて!」


膝をついて、助けを求めた。


「えっ……」」


その人は私を見ると、目を大きく見開いた。


「追われているんです!お願いです!」


私が再度お願いすると、その人は後ろに隠れるようにと指示をした。


ドキドキした。


後ろの草の中にいたけれど、すぐ見つかるんじゃないかって。


案の定、人買いはこの場所に来た。


「おい、そこの奴。田舎娘を見なかったか?」


「田舎娘?」


私はガクガクと体を震わせながら、人買いが去るのを待っていた。


「知らないな。」


「てめえ、庇うと痛い目にあうぞ。」


「知らないものは、知らないよ。」


しばらくの間沈黙が流れ、やがてしびれを切らした人買いは、森の中へと消えて行った。


「もう行ったよ。」


その人の言葉をきっかけに、私はほっとして、腰を抜かしてしまった。


「おっと、大丈夫か?」


その人は、私の顔を覗くと、ニコッと笑った。


「あ、ありがとうございます。」


「どういたしまして。」


「あ、あの……」


こんな時に言うのもなんだけど、どうせだったら、腰を抜かしている今がいい。


「私、お礼をしようにも、銭を持っていなくて……」


「銭なんか、いらないよ。」


「それなら、あの……この体で……」


その瞬間、その人はプーッと噴き出した。


「はははっ!すごい事言うね。君はまだ少女じゃないか。」


「えっ……でも、これでも人買いに売られるくらいは……」


「ああいうのはね。最初から男の相手なんて、させないよ。それに安心してくれ。僕は、少女趣味じゃない。」


「はあ……」


その人と話していると、不思議に気持ちが和んできた。


「その代りと言っちゃあ、何だけどね。明日になったら、僕に付いて来てくれないかな。」


「えっ……」


ついて来いって、もしかして……


また、怪しいところに売られるんじゃあ……


「はははっ。これも安心していいよ。行くのは、僕の屋敷。ちょっと君に頼み事したいんだよ。」


「頼み事……」


まだドキドキしながら私は、その人の目を見た。


お母ちゃんが言ってた。


目の綺麗な人は、嘘をつかないんだって。


「……分かりました。」


「ありがとう。」



その日の晩は、こうしてその人と一緒に、森の中に野宿をした。


名前を知らない人に、ついて来いって言われて、承諾するなんて。


お父ちゃんとお母ちゃん、幼い兄妹を思い出して、私は泣きながら眠りについた。


そして朝を迎えて、私はその人に、おにぎりを一つ貰って食べた。


昨日の朝は、家族みんなで朝ご飯食べたのにな。


そう思うと、なんだか悲しくなってきた。


「さあ、行くか。」


「はい……」


そして昨日は、人買いについて行ったのに、今日はこの人について行く事に。


人生、何が起こるか分からない。


「あの……家って、遠いんですか?」


「いや、この森を抜けたところだよ。」


その人は、森の向こうを指さした。


私は、生まれてこの方、この森の向こうに行った事がない。


村を抜け出したのも、昨日が初めてだ。



「すぐ着くからね。」


その人は、優しそうに私に手招きをした。


どれくらい歩いただろう。


やっと森を抜けると、開けた町の中に出た。


「僕の家は、あそこだ。」


町の中央に、広い家がある。


「えええーーーーっ!」



あんな広い家、初めて見た。


「驚いた?まあ、周りに畑やたんぼしかないからね。家が大きく見えるんだよ。」


その人はそう言ったけれど、やっぱり見れば見る程、大きな家だ。


「あなたは……お金持ちなんですか?」


「うーん。どうなのかな。まあ、食べる物や着る物には困らないけれどね。」


私は、ゴクンと息を飲んだ。


まさか、ここでタダ働き?


まあ、それでもいいか。


家族が死んで、天涯孤独の見だし。


そしてまた、一刻程歩いた時だ。


「ちょっと、裏口から入るね。」


その人は、玄関からではなく、家の裏から私を家の中に招き入れた。



「亮成。今、帰ったよ。」


「お帰りなさいませ、坊ちゃ……」


その亮成と言われた人は、私を見るなり、驚いていた。


「お嬢様!帰ってらしたんですね!」


「はい?」


もしかして、私を誰かと勘違いしている?



「亮成、落ち着いて見ろ。」


そして再び、私をじーっと見る亮成さん。


「まさか、お嬢様じゃないんですか?」


「ああ、そうだ。」


すると亮成さんは、またびっくりている。


「驚きました。これ程、お嬢様に似ている方は、いらっしゃいません。」


茫然と見つめる亮成さんに、軽く頭を下げて、私は家の中に上がった。


「あの……さっき、私をお嬢様と言ったのは……」


「うん。」


私を連れて来た人は、それしか返事をしてくれない。


「私が……そのお嬢様に、似ているから……?」


すると、その人は振り返って、ニコッと笑った。


えっ……図星!?



しばらく歩くと、その人はある部屋に、私を入れた。


「ここに座って。」


「はい。」


私は言われた通りに、そこに小さくなって、座った。


「まずは、僕の事なんだが。名は久保利将吾。この家の次男坊だ。」


「私は、うたと言います。貧しい農家の娘です。」


コホンと将吾さんは、咳をした。


「そして、僕には音羽と言う妹がいるのだが……」


「はい。」


私は目を大きく開いた。


「1カ月前から、素性が分からなくなっているんだ。」


「えっ……」


またまた嫌な予感がする。


「気づいているとは思うが、その音羽に君が似ているんだ。」


「……やっぱり。」


こんな大きな家のお嬢様と、私が似ているだなんて。


運命のいたずらだとしか、思えない。


「そこでだ。妹が帰ってくるまでの間、君に妹の代わりをしてほしいんだ。」


「ええーっ!!」


これが私にとって、本当の、波乱の幕開けだった。


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