身代わり少女は主人を慕う

日下奈緒

第1話 似ている①

私が生まれたのは、貧しい農村だった。


毎日が、食べ物との争い。


その日、食べるモノが無くて、お腹を空かせながら眠りにつく事もあった。



そんなある日。


お父ちゃんに、こんな事を言われた。


「うた。街に働きに行かないか?」


私は、嫌な予感がした。


幼馴染みのはやてのお姉ちゃんも、そう言って人買いに売られたと聞いたからだ。


「ここよりもいい飯食えて、いい服も着れるぞ。」


幼い兄妹は、うわーっと喜んだ。



親兄妹と離れてまで、そんな暮らしはしたくなかった。


けれど……


「……もう、話は済んでるの?」


お父ちゃんとお母ちゃんは、顔を合わせた。


「どのくらいの銭が、家に入るの?」


囲炉裏の、木が燃える音が、辺りに響いた。


「……知ってるのか?」


「うん。はやてのお姉ちゃんも、そうだったから。」


するとお母ちゃんは、私を近くに呼んだ。


「そうか。知ってるんだね。」


目に涙を浮かべながら、お母ちゃんは、私の手を摩った。


「数年は、食べ物に困らねえくらいの銭は、貰える。」


お父ちゃんは、声を震わせながらそう言った。


私は幼い兄弟が、ほとんど麦の入っていない雑炊をすすりながら、”おかわり”と言う姿を見つめた。


この子達が、お腹いっぱいに飯が食えるなら。


「分かった。」


私は決心した。


「金稼いだら、家にも銭送るね。」


「ああ。」


遂にお母ちゃんは、声を上げて泣き始めた。


びっくりしたのは、幼い兄妹達で、お母ちゃんが泣いているのを見て、一番小さい弟も泣き始めた。


「泣かないんだよ。」


私が幼い弟を抱き上げた。


「お姉ちゃんね、街に働きに行くんだ。」


「そうなの?」


「うん。銭いっぱい稼いで、家に送るから、これからはたらふく飯が食えるよ。」


すると、幼い兄妹達が笑った。


それだけでも、私は心が晴れ晴れとしていた。


私の出発は、二日後に決まった。


次の日、いつものように畑仕事をしていたら、急に腕を捕まえられた。


驚いて振り向くと、幼馴染みのはやてが、私の腕を掴んでいた。


「人買いに売られるんだって?」


その言い方に、私はムッとした。


「違うよ。街に働きに行くだけだよ。」


私は、はやての手を振り払った。


「同じだ。俺の姉ちゃんも、そう言って村を出て行った。でも実際は、遊郭に売られていたんだ。」


胸がズキッとする。


本当は知っていた。


売られて、男の人の相手をするんだって。



その時、はやてがまた私の手を握った。


「逃げよう。」


「はやて……」


「今なら、まだ間に合う。俺と一緒に、村を出よう。」


私の目から、涙が零れた。


「俺、うたがそんな目に遭うなんて、耐えられない。」


「でも、村を出たって……」


「二人なら、生きていけるよ。今夜、ここで落ち合って、それこそ街へ行こう。」


はやての真剣な目に、私も嬉しさが込み上げてきた。



はやてとだったら、幸せに暮らせるかもしれない。


でも……



「そんな事したら、家族はどうなるの?」


「うた……」


「ごめん。はやての気持ちは嬉しいけれど、家族に迷惑をかけたくないの。」


そうして私は、はやてから手を放した。


次の日の昼頃に、人買い達はやってきた。


「よく眠れたかい?お嬢ちゃん。」


人買いの男は、どこにでもいそうな、商い人だった。


「ほら親父。手付金だ。」


人買いは、小さな袋を一つ、お父ちゃんに手渡した。


思ったよりも、銭は入っていない。


私は、人買いの前に立ちはだかった。



「あれだけ?」


人買いは、チッと舌打ちをした。


「まあ、これだけ器量よしの娘なら、もう一袋出してもいいな。」


そう言って、胸の中から銭の袋をもう一つ出した。


「親父。後の銭は、娘が売れてからだぜ。」


「はい。」


そして私は、人買いと一緒に、歩き出した。


その時だった。


後ろから、私を呼ぶはやての声が聞こえた。


「うた!行くな、うた!!」


「はやて!」


走ってこっちに向かってくるはやてに、人買いは向かって行った。


「小僧!諦めな!」


人買いは、はやてを突き飛ばした。


「痛え!やい、こら!うたを返せ!」


「はっ!おまえに何ができるんだよ!今すぐ銭でも、この家族に用意できるのか?」


はやては、黙ってしまった。


「貧しいおまえに、デキる訳ないだろう。早くあっちへ行け!」


人買いは、手を振り払うと、私の元へ戻って来た。


「行くぞ、お嬢ちゃん。」


私は、倒れているはやてから、目が離せなかった。


「やめておけ。家族をまた、貧乏にさせる気か?」


人買いの言葉に、私は目をぎゅっとつぶった。


そうだ、家族の為だ。


私は、自分にそう言い聞かせると、人買いの背中を追った。



街への道は遠くて、その日の夜は、小さな宿場町に泊まる事になった。


出された夕飯は、それは豪華で、見た事もないような料理が、目の前に広がった。


私は、いただきますと言うと、急いで白い飯を口の中に、かき込んだ。


「おい、慌てると喉に詰まらせるぞ。」


人買いにそう言われ、私は口の中にかき込むのを止めた。


「食事の後は、風呂入って来い。気合入れて、体を洗えよ。」


「風呂?」


「なんだ、風呂も知らねえのか。服を脱いで、お湯に浸かるんだよ。」


年に一度、お正月にするものかと、頭を過ったけれど、いざ本物のお風呂に行ったら、想像と違っていた。


大勢の人が、大きな箱の中のお湯に、浸かっている。


私も一緒に入ってみると、それは気持ちのいいモノだった。


街に行ったら、こんな気持ちいい物が、手に入るのかな。


そんな楽しい事を思い浮かべながら、私はお風呂から出た。


手拭いで軽くかいた汗を拭きながら、泊まる部屋を目指して歩いていると、人買いがある人と話をしていた。


何を話しているのだろうと、そっと近づいてみた。


「おい、今日の娘の家、分かるな。」


「はい。」


「要領よく始末して来いよ。」


人買いは、そう言って銭をいくらか、その相手に渡していた。


「それにしても、兄さんも人が悪いね。残りの賃金を手元に置く為に、家族を殺すなんて。」


「しっ!誰が聞いてるか、分からないんだぞ。」


人買いは、辺りを見回した。



そんな!


残りのお金は、後で渡すって言っておいて、家族を殺すだなんて!



私は、急いで宿を出た。


暗い道の中、歩いて来た道を、走りに走った。


「早く!早く行かなきゃ!」


家族が殺される!


私は泣いては走って、走っては泣いた。


村に着いた時、辺りは静かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る