4-7 強かで結構


 あの後すぐに、フユキは馴染みの刑事に連絡を入れた。

 そしてやって来た警察によって、口無村に捜査が入り、多くの村人は逮捕された。

 一連の儀式に深く関わっていないか、儀式についてよく知らない者達に関しては、いつも通り・・・・・それに関する記憶の置換処理――催眠術の類――をされた後、村へ戻されるだろう。


 それにはハルとナツのクラスメイト達も該当する。

 村人達と同じように記憶の置換処置をされて、今回の事件は彼女達の中には無かった事になるのだ。

 疫病神の事だけではないが、こういった怪異絡みの事件の場合、巻き込まれた者には精神的な影響が強く残ってしまう。

 その恐怖のせいで病んで、命を絶ってしまう者もいた。

 だから怪異に巻き込まれた者には、こういう処置をするというのが、警察や怪異絡みの事件の解決を請け負う協会の間で決まっている。

 多少こちらの事や、怪異について知っている伊吹あたりは、処置をされないかもしれないが。


「林間学校中に大雨に降られて困っていたところを、近くの親切な旅館が助けてくれた……って感じになるらしいぜ」

「なるほど、それじゃあそんな感じで話を合わせておきますね」


 この辺りを先に聞いておかないと、話が出た時にズレが生じてしまう。そこだけは気を付けないといけないのだ。

 ハルが頷いていると、ナツが両手を頭の後ろに組んで「旅館かぁ」と残念そうに漏らした。


「確かにご飯はすごく美味しかったよね〜。あれさ、アキトさんが作ったらしいよ」

「おや、そうなんですか?」

「うん。あ~あ、一食分、食べ損ねちゃった~」

「お前は本当に呑気」

「え~? そこが良いところでしょ?」

「言ってろ」


 飄々とした態度のナツに、フユキは半眼になりながらココアシガレットを指で摘まんで口に咥えた。

 ちなみにフユキはヘビースモーカーだ。本来であれば普通に煙草を吸っている。だがハル達が一緒にいる時は気を遣ってくれているようで、こうしてココアシガレットや棒付きキャンディーあたりで我慢してくれているのだ。


(そう言えば……)


 ふと、アキトから煙草の香りがした事を思い出した。

 そう思って何となく向かい側のソファーに座るアキトへ顔を向ける。


「…………」


 アキトは何やら悩んでいるような顔をしていた。

 おや、とハルは首を傾げる。


「アキトさん、どうしました?」

「あ、いえ。……その、私も村の人間なんですが、逮捕されなくて良かったのかなと」


 すると彼はそう言った。

 確かにアキトは口無村の人間だ。けれども事情を聴くと、彼は被害者でもあったのだ。

 そしてあまり想像したくないが、村の人間達から虐げられているような雰囲気も感じられた。

 彼の置かれていた状況から考えると、もしも村へ戻ったとしても、いくら村人質が記憶の置換処置をされたとしても、彼らがアキトに対して好意的に接する可能性が低い。

 全部の記憶を差し替えれば別だが、そうなると諸々に弊害が起きるし、あの処置はそこまで長期の記憶を弄る事は出来ない。

 だからアキトを村には戻さない方が良いと警察や協会は判断した。


 そこで出て来るのが今後のアキトの処遇についてだ。

 どうしたものかと相談した結果、ハル達の家である村雲怪異探偵事務所で預かる事となったのである。


「あちらがそれで良いと判断されたんですから、良いんじゃないですか?」

「ですが、ハルさん達にご迷惑が……」

「迷惑って言うほど迷惑はかかっていませんし、それにアキトさんには行く当てがないでしょう? 無職ですし、住む場所も困りますし。今のまま放り出されたら、今後の生活が出来ませんよ」

「うっ」


 ハルの言葉に、アキトは痛いところを突かれたと視線を彷徨わせて、しょんぼりと肩を落とした。

 これは少々意地悪だったかもしれない。

 ハルがそう思っていると、


「そうそう。アキトさんがこんなところ嫌だ~って言うなら別だけどさ、そうでないならいればいいじゃん。もっと気楽にいこーよ。世の中、楽しんだ者勝ちだよ~?」


 ナツがそう言って、テーブルの上のクッキーを一枚口に放り込んだ。

 それを聞いてアキトは戸惑うような視線をハルに向けて来た。

 ハルはにこりと笑っておく。


「はい、そういうものですよ。今や人生は百年時代と言いますけれど、あっという間に過ぎてしまいますからね。気付いた時には折り返し地点、なんて事になっているかもしれません」

「おいコラ人生十六年目。悟り過ぎなんだよ、お前らは」

「え~? 叔父さんだって悟っているでしょう?」

「ハッ、残念だったな。俺はまだまだ若いんだよ。悟るほど人生を謳歌してねぇの」

「侘しい」

「ナーツくーん?」


 フユキが、がしっ、とナツの肩を片手で掴む。


「あ、やば」


 口が滑り過ぎたと思ったのだろう。ナツは慌てて取り繕った笑いを浮かべた。


「誰が侘しい寂しい独り身のオッサンだって〜?」

「いやぁ、ははは……って、そこまで言ってないよ。何で盛ったの?」

「んなもんサービスだよサービス」

「何その謎のサービス精神」


 そんなやり取りをする二人を見て、アキトはポカンとした顔になった。それからややあって、噴き出すように小さく笑う。


「ふふ、ふ。……ふふふ」


 まだまだ困惑の色が混ざっているものの、なかなか良い笑顔である。

 ハルがそう思っていると、彼は何かを思い出したような顔になった。


「……あ、そうだ」

「どうしました?」

「あの、いえ。キクノの事を思い出して。……キクノはどうして、井戸の中ではなく、外にいたのでしょう」

「そう言えば……」


 確かに、山神に喰われたのなら、他の手と同様に井戸の中に封じ込められていたはずだろう。

 しかしキクノは井戸の外にいたし、姿も変わっていたのだ。


「ああ、それか。そいつはな……」


 すると、その疑問に反応をしたのはフユキだった。

 フユキは自分のデスクまで歩いて行くと、その上に置かれた封筒を手に取って戻って来る。

 そして中からそこそこ厚い資料を取り出すと、ひょいっとテーブルの上に置いた。


 三人揃ってひょいと覗いて読んでみると、資料には長野県のダムで見つかった身元不明の遺体について書かれている。

 そこには『灰鐘キクノ』と、名前が記載されていた。

 それを見てアキトが目を大きく見開いた。


「…………! これ、は」

「たぶんな、妹さんが土砂崩れで亡くなったのは確かだろう。だけどあの井戸の中に引きずり込まれてはいなかった。土砂に巻き込まれた事で疫病神の手から逃れ、川に落ちたんだろうな。そのままダムまで流されて行ったんだろうさ」


 フユキは心なしか優しい声色でそう話すと、口に咥えていたココアシガレットを指で掴む。


「山神って奴は、まぁ、色々と説はあるが、基本的に自分が宿る山を守る神だ。その山に自分ではなく疫病神を祀った村があるとくれば、そりゃあ面白くねぇから怒るだろうさ」

「嫉妬深いらしいもんね、山の神様って」

「そうそう。前に酷ぇ目に合ったのよ」

「どんな感じ?」

「気に入られ過ぎて山から出してもらえなかった。マジで死ぬかと思った」

「ほぼ神隠しじゃないですか」

「そうそ。神隠しされかけたんだよ。いや~モテる男はつらいねぇ」


 あれは大変だったとフユキはため息を零す。


「叔父さん、怪異にばっかりモテるもんねぇ」

「嬉しくねぇ……。話は戻るが、亡くなったキクノちゃんはそれを理解した上で、あそこの山神に頼んだんだろう。自分が何とかするから、どうか力を貸して欲しいと。灰鐘は神職の一族で、山神が司る山に住んでいる人間だからな。山神も認識はしていたのだろうさ。そうしてあの身体を得て、何とかお前を助けようとした。……恐らく何年もな」


 フユキはそこでいったん言葉を区切り、


「実に強かで結構!」


 とニッと笑った。

 その言葉にアキトは泣きそうな顔で、膝の上に乗せた手をぐっと握りしめた。

 そんな様子を見ながらハルは思う。


(結果的に疫病神は鎮める事が出来た。ですがあのまま何も変わらなかったら、痺れを切らした山神にキクノさんは消滅させられていた可能性もある)


 だけど、とハルは携帯で、口無村付近の最近の天気を確認する。

 そこには綺麗に晴れが続いていた。

 雨が降っていたのはピンポイントにあの山だけだ。

 ただの自然現象か、それとも、何らかの力が働いた事によるものか。

 それに、キクノに霊力の粒子が降り注いだ時の事も。


(……神様というのは、やはりよく分かりませんね)


 そんな事を思いながらハルは携帯の画面を閉じる。

 そうしていると、


「っていうかさ、そういえばアキトさんの服とか日用品を揃えないとじゃない?」


 とナツが思い出したように言った。

 確かにそうだ。騒動の後、灰鐘の屋敷は家宅捜索が入った。それを見届けずに自分達は山を下りたのだ。アキトの私物はほとんど持ち出せていない。


(まぁ本人も、大事なものは写真だけと言っていましたけど)


 山を下りる際に彼はそう言って、大事そうに写真を両手で持っていた。

 良い思い出がないものを持ち出しても、見る度に思いだして辛いだろう。

 そう言う事もあって着の身着のままで連れて来てしまっている。

 少しの間ならフユキの服を貸せば良いだろうけれど体格が違うので、外出する時はやはりちゃんとした服が何着か必要だ。


「それもそうだな。そんじゃお前ら、ちょっと買い物行こうぜ。ついでにどっかで飯食おう。あと酒」


 ヒヒッ、となかなか悪い顔でフユキは笑う。

 ナツも「そうこなくっちゃ!」と飛び起きた。

 そして二人は玄関に向かって歩いて行く。よっこらせ、とハルも立ち上がると、アキトは再び困った顔になっていた。


「あ、あの……その、今はお金が無くて……」

「ああ、大丈夫大丈夫。その辺はお前のバイト代で賄える」

「え?」


 フユキの言葉にアキトはぽかんと口を開けた。

 ……そう言えば、その辺りの説明をしていなかった気がする。

 そう思ったのでハルはフォローを入れた。


「口無村の一件で、協力してくれたでしょう? 疫病神……怪異絡みの事件を解決したと言う事で、うちに報酬の支払いがありまして。それを分配しているんですよ」

「そうそう。働いた分はちゃーんとお給料もらわないとね!」

「は、はあ……」


 アキトは目を丸くしながら――恐らくまだよく分かっていなさそうだが――頷いて立ち上がる。

 そしてハルの後ろをちょこちょこついて来た。

 何となく懐かれているような気がする。

 ハルがそう思っていると、ナツとフユキも同様の事を感じたのだろう。ふは、と噴き出すように笑った。


「ところでさ、何食べる~?」

「そりゃお前、金が入ったら焼肉だろ~、やっぱりさぁ」

「ヒュー! 叔父さん最高! お高いとこ? 七ツ風苑?」

「馬鹿言え。あそこで四人分支払った日にゃ、俺の貯金が吹っ飛ぶわ。いつもの焼肉極彩色」

「あそこ美味しいよね~。こんなに大きいメロンのデザートがあるんだよ、すごくない?」

「お米もふっくらしていて甘くて美味しいんですよねぇ。幾らでも入ります」

「腹八分目にしなさい」


 賑やかに話す三人。

 アキトは少しぼうっとした様子でそれを眺めた後、ふふ、と楽しそうに笑った。


「アキトさんは何食べる~?」

「今日ならお店で一番良いお肉を頼んでも大丈夫かもしれませんよ」

「焼肉のお店、行った事がないです。というか村の外へ出た事がなくて……」

「へぇ。そんじゃマジで良い肉食べるか。牛タンとかどう?」

「確か焼酎に合う奴ですよね」

「お? いけるクチ?」


 とたんにフユキの顔が輝く。酒飲み仲間を得られて嬉しいのだろう。

 ……どちらもだいぶ飲みそうなので、注意は必要だろうけど。

 そんな話をしながら、四人揃って事務所を出る。

 パタン、と閉じたドアの向こうに、賑やかな声はだんだんと遠ざかって行ったのだった。



CASE1 口無村の山神 END

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村雲怪異探偵事務所 石動なつめ @natsume_isurugi

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