Day2③:名付けてみた

  俺がしているバイトは、昼はレストランだが夜はバーのようにお酒も出しているお店だ。今日は荷運びでどうしても男手が必要だったのだ。結局、来たのは俺と大学生のバイトの2人だけだったが夜のお酒解禁時間までには終わらせたいとのことだったので、なるべく何も考えず効率的に仕事をこなしていく。そこから2時間近く動き続けてやっと終わった。


「お疲れ、これ今日来てくれたお礼ね」


 そう言って、店長の綾子りょうこさんは俺にカフェオレのペットボトルを渡してくれた。


「ありがたいですけど、いいんですか?」

「いいのいいの!今日は人数少ないながらも頑張ってくれたし!」


 お客さんがたまたまいなかったので、綾子さんと少し話し込む。この店での出来事を話し合っていたら、どんどん時間をさかのぼって俺がこの店で働き始めたところまで遡った。


 このバイトを始めたのは三年前の中三だった時にオヤジが死んでからしばらく経ち、俺自身が働いて収入を得ないとまずいなと感じたからだったと記憶している。当時の思い出はおぼろげだが、もう1つの理由に何か新しいことを始めないといけないという意欲があったからだったような気もする。


「それにしても、唯っちがうちの店でバイト始めてからもう1年以上経つんだね~」

「そうですね、いつもお世話になってます」

「いやいや、唯っちはあれだよね。視界が広いっていうのかな?私の気づかないところも気づいてくれるから助かってるよ」


 綾子さんは俺の担任である中村先生と同じ高校、同じクラスだった友達なのだ。1年前の夏直前、その伝手を使ってバイトとして雇ってくれるよう綾子さんに頼み込んだ俺を彼女は快く引き受けてくれた。こんなぺーぺーをずっと雇ってくれていることには感謝しかない。なので、俺は中村先生と綾子さんには頭が上がらないのだ。


 けど、そろそろ夜の時間だ。店には人が入ってくるだろうし、家にはゆうことヒヨコが待ってるはずだ。


「そろそろ帰ります、お疲れ様です綾子さん」

「おー、今日はありがとねー」



 駅前のビル群を走り抜けて家が林立する静かな住宅街にある我が家へと帰ると、夕食はすでにゆうこが作ってくれていた。ゆうこは制服の上に淡いオレンジ色のエプロンをつけたままヒヨコと一緒に仁王立ちの姿勢をとっていた。


「遅ーい!もう夕飯できてるよー!」

「ピョーン!」

「悪い、ちょっと話し込んでて。ごめん」

「ごめんじゃなくて、ありがとうでしょ!」


 申し訳なさからそんな言葉を発したが、俺の言い方がまずかったのかこちらをキッと見上げてくるゆうこ。そんなに言い方まずかったかな?


「ああ……ありがとう」

「じゃあ早く食べよ!ご飯冷めちゃうよ?」


 彼女はニパッと笑いながら食卓へと誘う。今日はどうやら豚肉と玉ねぎのみそ炒めのようだ。テレビをつけると今朝と同様に駅前でのガス爆発事故について取り上げられていた。重傷者が何人かいるが原因は未だ不明、現在調査中とのことだ。ニュースを横目に炒め物を口に運ぶと、豚肉の肉汁と玉ねぎの甘みが口いっぱいに広がる。たまらずにご飯も口の中にかきこむ。


「ピョピョウ!」

「美味いな、これ!」

「でしょでしょー!砂糖を少しだけ多く入れるのが伊織ゆうこ流です!」

「俺が作ってもここまで美味しくはできないよな~」


 ゆうこは得意げな表情を浮かべている。ヒヨコはその横で嬉しそうな顔をしている。明日は商店街のおばちゃんやおじちゃんにヒヨコの事を聞き込む予定だ。


「そういえばさ、このヒヨコ普通より大きくない?」


 拾った時から所々で気になっていた。ヒヨコって普通は手のひらサイズだと思うのだが?ゆうこの隣で同じく夕食途中のヒヨコはクリッとした黒目をしてはいるが、その大きさはどう見ても俺が両手で抱えないと持っていけないレベルになっている。少なくとも、もう俺のバッグに入れる大きさじゃない。


「普通って言っても敬介はそもそも普通のヒヨコを見たことあるの?」

「いや、ないけど……」


 思わず言葉に詰まる。特に動物が嫌いというわけではないのだが、今まで動物を飼うということは一度もしたことがない。たぶん、そういうタイミングがなかったのだろう。


「それじゃあ、何も問題なしー!」

「いや、でもそれだと飼い主さんに何て説明すれば……」

「あのねぇ、グダグダ言ってると何もかも見落とすよ?今、重要なのはヒヨコ君の飼い主を見つけることでしょー」


 ゆうこは心配性の弟を諭す姉のように苦笑を浮かべている。つまり、彼女はこの事態を解決するのに重要なことだけに注力し、その他の今考えても仕方がないことは後回しにしろと言っているのだ。


「分かったよ、ゆうこの言う通りにする」

「分かればよろしい!」


 そして、情けないことに俺は同じく姉に諭された弟のような返答しかできないのだった。



「ブハア!」


 ゆうこが帰った後、俺は日課の魔術鍛錬をしている。俺の体には六年前オヤジによって施された治癒魔術の結果残った魔力の塊がある。それが体の特定部位にたまらないよう体全体へと循環させる必要があるのだ。魔術の使用は静脈に沿うように存在している魔術バイパスを起き上がらせて体全体へと魔力を流すことから始まる。本来は、そこまでで日常生活を送れるようになるのだが俺からオヤジに頼み込んで魔術の手ほどきを受けていた。その結果、たまに魔術が成功する程度の腕にはなった。


 俺にとって魔術は成功のいかんに関わらずひどく集中を要するものだ。今も夏の暑さあいまって汗だくのシャツが月の光に照らされている。頭も熱すぎてフラフラするので、水筒の水を呷っていたところだ。六年前の災害時、俺はオヤジに助けられて九死に一生を得た。その時から俺はオヤジのように誰かを助けられる人間になりたいとずっと思って生きてきた。こうやって魔術の鍛錬をしているのもその一環だ。あまり身にはならなかったが、日課なので毎晩練習している。


「ピョピョン!」


 そこへドアからヒヨコが飛び出して来た。寝かせておいたのだが、どうやら魔術鍛錬に気付いたらしい。


「お前の飼い主も早いとこ見つけないとな」


 そう言えば、呼び方がずっとヒヨコのままはさすがに可哀そうな気がしてきた。何か名前をつけたいところだが、オリジナリティ溢れる名前をつけてしまうと飼い主が呼んでも答えてくれないみたいなことが起きかねない。


「そうだな……ピョンって名前はどうだ?」

「ピョピョン!」

「大丈夫そうだな」


 理由はもちろんこいつがピョンピョン鳴いているからだ。これだったらオリジナリティも溢れてないし変な名前でもでない。


「今日はもう寝るか……」


 俺は切りのいいところで鍛錬を終え、シャワーを浴びるために立ち上がった。

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Cause and effect/不等価交換 新emuto @emuto

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