第3話 指先の温度

 今年は、梅雨が明けるのが、いつもより早く感じた。

 私は、雨が好きで、傘をくるくる廻す。

 弾ける雨粒がキラキラと光るのが大好きだった。これはね、小さな頃からの秘密だ。


 大人や、おりこうさんな子たちは「濡れるからやめなさい」「危ないからやめなさい」って言う。


 みんな、遠くから見てたくせに。

 誰も助けてくれなかったくせに。

 あたしがどれだけ手を伸ばしても、誰も見て見ないフリしたくせに……


 そのくせ、自分たちが気に入らないことには、寄って集って声を上げ出すんだ。



 お節介。

 大きなお世話。


 アレがダメ。

 コレがダメ。


 安っぽい正義感に反吐が出るわ……

 偽善者ばっかり…… 何様のつもりだよ。

 うんざりだ。



 *****


 遠い遠い空の向こうに、黒い雲があつまりだす。

 雷が鳴る前になると、必ず体調が悪くなる。

 小学生ことを思い出す。校庭にあった大きな楠に雷が直撃した。それ以来、雷が大の苦手だ。


 みんなにそれを言うと、「大袈裟」「高校生にもなってかわいこぶんな」「小さな女の子じゃないんだし、恥ずかしくないの」と言われた。


 怖いものに性別も年齢も関係なくね?

 こういうのもうんざりだった。


 青ざめていく顔にいちばん初めに気がついたのは、誰でもない。凌也だった。


「……なあ? おまえ、雷、怖いの?」


 あ、また此奴も私のことバカにするのか……

 私は眉間に皺を寄せ、机に突っ伏して寝たふりを決めこもうとした。


「せんせ! 腹痛いんで、保健室に行っても良いっすか? って俺じゃなくて…… コイツが!」

 教室がざわついたと思った瞬間に、隣で椅子を引きずった音と共に、大声で立ち上がった隣のやつの顔を私は見上げた。


「……おおぅ? 川崎が腹痛いんじゃないのか? って瀬名、おまえ…… 顔色めちゃくちゃ悪いな…… 大丈夫か?」

 担任の配慮の欠けた言葉に教室がどよめいて、次の瞬間に私の左腕を組むと、引きづるように私を教室から連れ出した。

 相変わらず教室はざわつき、静寂を忘れた鳥たちのが騒ぎ出した。その光景にいちばん驚いていたのは、何を隠そう私だった。


「何? なんで? 私、お腹なんて痛くない! っていうか、腕離して!」

 凌也の腕を引き離そうとしたが、しっかりとホールドされて組まれた腕は簡単には解けなかった。


「あのさ! おまえ! 無理してんのなんなの?」

 凌也は少し力を入れてたかと思うと、私の顔に自分の顔を近づけて、声を荒らげた。


 ねえ? なんで私は此奴に怒られてるの?

 ねえ? その力んで食い込む指はなんなのよ


 ねえ? どうしてそんな目して私を見てるの?


 ねえ……


 分からない。

 こいつがどうしてこうも

 熱くなっているのかなんか


 分かんない。

 熱い指先だけが、じんじんと肌に痕を残すだけだっただけ……


 それだけだよ


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世界はきっと 八雲夜久真 @yakumoyakuma

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