第2話 溜息の花
熱に魘されていたのかい?
決して許されないか?
明日が雨になればいいさ
見捨てられた花は貴方の心の中、開いた
見捨てられた花は咲き乱れることを望んだ
熱に魘されたのさ
この曲はある曲の数秒後に収録されている、題名もない、ライヴでもやっていない未発表の曲なんだ。
俺はこの曲は誰に送られたものなのだろうって考えていた。
後になって、誰でもない、きっと自分の為の曲なんだと。そう思った――
*****
「ねえ…… 今、なんて?」
私は驚きを隠せないで、二人の顔を交互に見て、慌てた上擦った声を出していたと思う。この思うってのは、あっという間の出来事で自分でもよく分かっていないのだ。こういうことってあるよね?
「あ? 今、なんて?」
それは私が聞いたセリフでしょ? 質問を聞き返すってどういうことよ? 凌也は素っ頓狂な声を出し、私の顔を見て、もう一度、確かめるような顔で声を出した。
「おまえ…… さっき、なんて聞こえた?」
今度は真剣な顔で凌也は、私の目を真っ直ぐに見て聞く。
「……いや、ねえ。ええっと、お兄ちゃん? って、聞こえた〜 かな…… なんて……」
そんな真剣な目で見てくるのが怪しかったが、私は上手く言葉に出来なくて、少し怖くて。しどろもどろに言葉がゆらゆらとした。きっと目も泳いでいたに違いない。喉が渇く。傍からは見えないけれど、身体中に汗が吹き出る。そして、足の指に力が入った。私は昔から緊張すると、手よりも足の指に力を込めてしまう癖があった。
「そう。お兄ちゃん」
鈴村先生はというと、デスクに教科書を丁寧に積み上げながら、いつもの笑顔で私を見ていた。
ねえ、これどういう状況?
ねえ。もう、おうちに帰りたいのだけど。
ねえ…… お腹…… 痛い…… たすけて
私は貧血のように横にふらりと揺れる。分厚い水槽の面が歪む、あの感じに似ている。すると、その場に立っていられなくなった。あっという間に私は、その場でうずくまる形で座り込んでしまった。
ちょ…… もう、まじで例の日でしんどいのに無理したか。ダメ、まじで気持ち悪い。
そう思って苦虫を奥歯で噛み潰すように誰にも見えないように、口元に手を当て、ぎゅっと目を閉じた。目の奥が熱い。鼻の奥がツンとして、みるみるうちに涙が溢れてくるではないか。これはまずいぞ。鼻をすする音が鳴ると気がつかれる。泣いてるって……気が付かれちゃう。
「ミウ、おまえ、荷物それだけか?」
低く落ち着いた声が耳元に響く。小さな頃から聞き慣れた、屈託ない話し方。名前を呼ぶ時に「う」の発音が消えそうなくらいに儚くて、舌足らずで。それでいて、優しくて。
「うぅ…… うん…… リュックだけ…… あと正面玄関に置いてある、くまちゃんの傘……」
泣いてるって気が付かれたくなくて、顔を上げれなかった。凌也はあたしの頭を優しく二回押し、扉を開けて廊下に出ていった。
「なん……で? 凌也……」
凌也の残り香が鼻腔をくすぐる。頭の上には私が去年の誕生日にあげた、海外のヒーローのデザインのハンドタオルが乗せられていることに気がつく。
あたしはゆっくりと顔をあげると、頭に乗せられたハンドタオルを握ると扉を見たままで涙を拭った。
「ミウ。担任の小杉先生には俺から伝えておくから。今日はもう帰れ」
背中越しに鈴村先生の声がして、私は振り向きもせずに首だけを立てに振る。
廊下に出て右に曲がると、下駄箱の前で私の傘をくるくると回して待っている凌也の姿が見えた。
「……凌也、一緒に帰る?」
「俺は、ずっとそのつもりだけど」
「そう…… ねえ。凌也、鞄は?」
「……あ。教室だわ。でも、財布くらいしか入ってない。あとバス代くらいしか入ってない」
「どうせ、取りに行くの面倒なんでしょ? 仕方がないな。今日はバス代は貸しね? でも、ジュースは奢ってあげるから」
「お! じゃあさ! じゃあさ! コンビニのストロー刺して飲むバナナ牛乳な!」
「また。そればっか!」
二人で悪戯に笑いながら駅までのバスを待つことにした。
コンビニの横のバス停は、暑くて、まだ夏の匂いが残る午後だった。
「……このお前らを見るの何度目だよ。凌也…… ミウを今回はこそは守ってやれよ」
保健室の窓から二人の出ていく後ろ姿を見て、鈴村は溜息を吐いた。
空は嫌味な程に青く、雲を引っ張って登っていく飛行機が飛んでいた。
これはまだ、二人の知らない物語だ。
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