世界はきっと
八雲夜久真
第1話 ハトが豆でっぽ
「言葉って役に立たないよ?」
「だって、みんな言葉が伝わらないんだもん」
そう言い出したのは、川崎 凌也だった。
こいつは昔から世間を分かったように言う奴だった。嘲笑うように、皮肉るように言葉を吐き出す。
私は川崎 凌也が大嫌いだ。勉強が出来て、スポーツ万能。加えて、高身長で中肉中背。世間一般でいうところのイケメンという風貌。嫌いだ。大嫌いだ。
「ミウ!」
凌也が大声で叫ぶ。うるさく鬱陶しい。なのにその声に振り返ってしまう私がいた。
「うるさい…… わたしのこと呼び捨てで呼ぶのやめてよ」
私は不機嫌に返事をする。廊下でそれをコソコソと耳打ちするカースト上位の女子の視線が私に刺さる。面倒極まりない。こういうのは苦手なんだ。
「さっきお前俺のこと無視したろ?」
凌也は不機嫌に私に言うと、長い睫毛を揺らして瞬きを何度かすると私を見下ろす。
「は? 誰を? 無視? 何それ? はあ?」
制服の襟を直して、私は凌也を見上げて睨みつけた。
「チビのくせして! 生意気に俺をそんな感じに睨むのかよ」
「チビは余計だわ!」
「じゃあ、瀬名さん……」
「言い直すな! 余計に腹立つ」
「例の日か? おまえいつもより不機嫌じゃん」
ニヤニヤと笑い、タオルを私の頭にちょこんと乗せる凌也は力を抜くように息を漏らした。
「今日、時間あるか?」
「なくはないし」
「それどっち?」
「言ったままの言葉よ」
「まあいいや、駅で待ってる」
「は?」
「約束してたチケット手に入ったから」
「……約束?」
「そ。約束」
「それ…… なんのこと?」
これ以上の話は私の学生生命にとどめを刺すのは確実だった。私を留年させるつもりか? 人生をダメにするつもりか? 嫁にもらってくれるならって子供の頃の話だ。もうどうでもいい。
「疲れた。先に帰る」
呆気にとられている凌也をよそ目に、逃げるように教室に入り、机のリュックを掴み廊下を走って階段を駆け下りて保健室に入って息を殺す。
「瀬名ミウ!」
簡易の冷蔵庫のブーンと鳴る音と共に保健医の鈴村が私の名前を呼ぶ。
「はい! すいません!」
隠れていたつもりが丸見えだったみたいだ。私は頭を掻きながら半笑いで保健医の鈴村先生の方を向いた。
「何した? なぜ謝る?」
鈴村は息を漏らすように笑いスポドリを冷蔵庫から二本取り出して、一本を私に差し出すとニコッと笑い私を見た。
「いや…… その……えっと、クセ?」
「クセか。なら仕方ないか」
たわいない会話が私はたまらなく好きだったから、ずっとずっと好きだったから。スポドリを額に当てて私は目をキュッと閉じた。
「六校時はどうした? 出ないのか」
「ああ…… 例の日で調子悪いから……」
「そうか。ベッド空いてるから横になるか?」
「……疑わないんだ」
「自己申告おつ」
「……ひきょうもの」
「うん、よく言われる。なんかあったんだろ」
「うん、当たり」
「……そうか」
「……うん」
鈴村先生は私のガチ初恋だから。中等部のころからだもん。もう五年恋。その間に音楽の富士見と付き合ってるって知った。ガチ初恋粉砕。それでも諦められないって、それからも恋続行中。
「で? 本当はどうした」
さりげなく心配して聞いてくれる。こういうとこ。好き。ほんと好き。
「なー? 俺もいんだけど……無視なの? 見えてねえの?」
凌也はずっと居た。うん、知ってる。
「川崎はどうした? 仮病か?」
「なんで俺は仮病なのよ……」
「だっておまえ血色いいもん。色白で血管透き通って見えるもん」
「もんとか言うな。いい歳こいたオッサンが」
凌也はニヤニヤと笑った。
「お兄ちゃんに久しぶりに言うセリフがそれかよ」
そう言ってもう一本のスポドリを軽く差し出して子供のように笑う。
「別にいいだろ」
凌也はその表情とは反対に拗ねたような表情になり、ムッと口を横に結んだ。
へ? お兄ちゃん? 鈴村先生と凌也が?
「へ?」
私は声が漏れた。
「ああ……ナイショだっけな?」
「……ああ、そうだったな」
まさに鳩が豆鉄砲。
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