U.GO.KU ―仲間と始めるケモロボe-sports!―

抜都

前夜と出会いと始まり

 首都圏近郊のとある住宅。その二階に設けられた窓には、小さく一つ明かりが灯っていた。


 明かりの灯る一室は、ベッドや学習机、収納棚などが置かれた広さ八帖ほどの洋室で、学生のための部屋であろうことが分かっただろう。


 そんな洋室の中程に立つ少年の姿があった。


 すると、装着したヘッドセットのスピーカーから、


兎山とやまァ、C側ァ! IGLリーダーきてるぞォ!」


 と、叫ぶような声が響く。それは自分、兎山昂輝こうきに向けられたものであった。


熊谷くまたにィ! 兎山の援護サポートォ!」

「すまん、猿田さだ、動けない。B中継方向から撃ち下ろされて……」

「クッソ! 兎山、足止めェ!」

「分かってる!」


 ボイスチャットが緊迫した空気に包まれ、プレイする自身の背中にもたらーっと汗が流れていた。


 あと三十秒、残り時間もほとんどない。一か八かの賭けだが、ここで足止めしなければ勝利はない。


照準エイムを合わせて射撃ショット照準エイムを合わせて射撃ショット……ヨシ!」


 腹をくくり、遮蔽物から半身を乗り出していく。


「この距離ならARアサルトライフル――いける!」


 スピーカーから流れる二人の声もそっちのけにして、敵IGLに照準エイムを合わせる。


 しかし、時間がないという焦りからか、銃砲反動リコイルの抑制がおろそかになっていた。銃口から放たれた弾頭が散らばり、敵IGLの身体をすり抜けていく。


 灰褐色はいかっしょくの身体とともに、ホウキのような尻尾を左右に振り、細かく動く敵IGL。これはレレレ撃ちか、と気づいた時には、もう遅かった。


 瞬間、BRブラスターライフルを向ける敵IGLの姿が網膜上に投影される。息つく暇も与えず、銃口から放たれた熱線が自分の身体を貫いていた。


〈YOU ARE DEAD〉

〈GAME OVER〉


 小さくうめき声を上げた後に、「ちくしょー!」と叫ぶ自分がいた。



 ――熱戦から二時間後。ヘッドセットのモニターに表示されたメモには、「キー配置を変える」や「個々の主体性を理解する」などの言葉がびっしりと並んでいた。


「コーチングとアドバイス、ありがとうございました!」


 猿田のお礼の言葉に続き、熊谷と自分も「ありがとうございました」と声を発していた。一時間のコーチングを経て、アドバイスの聞き取りを終えたところで、チャットルームを閉じる三人がいた。


「予選前日にこんな経験できたのはデカいねェ~」

「だな……でも、プロからコーチングとアドバイス貰えるなんてなぁ」

「いやー、今日はほんと学ぶことが多かったな」

「さて、反省会もここら辺にしますか」


 反省会も終わり、いつもの三人の集まりになると、話す内容も口調もくだけた雰囲気へと変わっていくのを感じた。


「熊谷、時間大丈夫か?」

「ああ、もうこんな時間か」

「一時間みっちりだったもんな」


 モニターに置かれたデジタル時計の数字が午後十時を告げていた。


「熊谷、明日は遅れんなよォ!」

「分かってるって――じゃあ、またな。切るぞぉ」

「んッ、おつかれおつかれ~」

「おつかれー」


 そう言うと、モニターに映し出された熊谷のアバターが「ピロン」と音を出し、ログアウトしていた。


「熊谷はログアウトしたけど、兎山はどうする?」

「一度、カスタムメニューで『グレビット』の武装アーマメントの見直しでもしようかなぁ、猿田は?」

「その武装アーマメントの見直し、付き合うぜって言おうと思ったんだけど……姉貴が『受験生のことも考えろ!』って」


 猿田のアバターが焦りのエモートを見せる。そういえば、猿田のお姉さんは今年、大学受験だったか。猿田の置かれた環境を再認識するとともに、げんこつがとばないうちに寝かしたほうがいいな、と思考を巡らせた。


「オッケー! じゃあ、あとは自分でできるから」

「わりぃな……んじゃあ、明日な」

「おつかれ~」


 先ほどの熊谷と同様に音とともに、猿田のアバターがログアウトしていた。


 モニター内の視線をメンバーリストから、カスタムメニューに移す。カスタムメニューに視線を合わせ、武装アーマメントの項目を選んだ。


武装アーマメントの見直しっと――げェ、この武器ウェポン装甲アーマー……素材足りないじゃん」


 お目当ての武器ウェポン装甲アーマーを生成しようと意気込む自分を制止するように数値が赤く光り、警告を発していた。


「……仕方ない。露店ショップで購入していくか」


 モニター越しに映し出されたカスタムメニューを閉じると、瞬きの間に暗転していく。周囲の景色へとパッと切り替わると、目の前に広がっていたのは、冠雪かんせつに覆われたビル群、白銀の大都市だった。


 視線を大都市内に敷かれた道路へと向けると、モニター上の景色が少しずつ進んでいくのが分かった。足を一歩一歩進めるとともに、凍りつくビルの窓に自分の姿が映り込んでいく。


 モニター端に映る鏡越しの姿は、輪郭こそ生き物であったが、その素肌は鈍色にびいろに輝いていた。


 ピンッと立った楕円形の耳とオニキスのような黒目、V字型の切れ目が入った鼻は、自然界に存在するウサギを彷彿とさせる。


 しかし、ふわふわと柔らかい体毛を持つウサギとは異なり、この表皮は使い込まれた金属のようにざらざらとしていた。


 また、頭部、上肢、胸部、下肢を覆うように装甲アーマーが取りつけられているのが分かっただろう。砲弾から防護するためか、その装甲アーマーは戦車に用いられるような分厚い積層構造になっていた。


 二足歩行するその姿を言葉で表すなら、獣人型ロボットというべきだろうか。


 そして、獣人型ロボットの姿こそがMR(Mixedミクスト Realityリアリティ)アクションゲーム、『PAO(PredatorプレデターAnimatronicsアニマトロニクス Onlineオンライン)』のセールスポイントの一つであった。


 生物的な輪郭と機械的な素肌に、初めてプレイする人ならアンバランスな感覚を覚えただろう。


 しかし、四か月ほどプレイしている自分にとっては、もはや第二の身体というべき存在となっていた。そう、二足歩行する獣人型ロボットに燃えない少年はいないのである……多分、きっと、おそらく。


「ええっと……露店ショップはこの角を曲がった先か」


 針葉樹林のように建ち並ぶビルの角を曲がると、露店ショップから漏れる明かりがキラキラと輝いていた。


 自分の足が明かりに吸い寄せられていく感覚を覚えながら、露店ショップの前に立って、


「すいませ~ん!」


 と、呼びかけた。瞬間、露店ショップの奥から近づく足音が聞こえてくる。


「はーい! いらっしゃいませ!」


 露店ショップの店員であろうNPCがぬっと顔を出して言った。


「ドットサイトとダストカバー、PS鋼材五個に、LA鋼材十個をお願いします!」

「かしこまりました。商品のほうですが……点数も多いようなので少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

「大丈夫です」


 そう言うと、店員が奥へと引っ込んでいく。


 手持ちぶさたに待つのもあれなので、赤錆と硝煙の匂いでむせ返る店内を見渡す。コの字型に配置された陳列棚には、さまざまな種類の部材や電気、電子部品やオイル、グリスなどが見て取れた。


 陳列棚に目を通し始めてから十数分後、買い物かごを片手に抱えた店員が戻ってきた。


「ご注文は、ドットサイトとダストカバー、PS鋼材五個、LA鋼材十個でよろしいでしょうか?」


 その言葉に「はい」と頷く。店員がレジスターを叩き終えると、スキャナーを差し出してきた。


「ありがとうございます。お会計は四千メタでございます」


 スキャナーに手の甲をかざすと同時に、縞模様状の赤い線が手の表面を読み取っていく。


「四千メタ、ちょうどですね。収納箱ボックスにお送りしますか?」

「お願いします」


 すぐさまカスタムメニューを開き、収納箱ボックスの項目を確認する。収納箱ボックスの取得リストが該当の商品が届いていることを示してくれた。


「どうも、また頼むよー」

「ご利用、ありがとうございました。またのご来店を!」


 露店ショップを足早に出ると、武装アーマメントの項目からお目当ての武器ウェポン装甲アーマーを生成する。


 映し出される武器ウェポン装甲アーマーを見ようとしたその瞬間、ヘッドセットのモニターがゆらゆらと揺さぶられることに気づいた。


 現実の自分が呼ばれている……そう直感した。ヘッドセットを脱ぎ、振り返ると、そこには鬼の形相で佇む母の姿があった。


「いいところなのに……」

「いいところなの? あら、ごめんなさい」

「なに?」

「昂輝、母さん……『夜更かしも大概にしなさい』って言ったわよね?」


 頬がつり上がり、額の色が赤味を帯びていく。怒ってる、めっちゃ怒ってるやつだ、これ。


「……アッハイ、スイマセンデシタ」

「分かればよろしい。さぁ、終了させて」


 ヘッドセットを再び被ると、目線をカスタムメニューから「PAOを終了する」に移す。MR画面に暗転するとともに、ヘッドセットの明滅が止まった。


「じゃあ、これはこちらで預からせていただきますー」

「えっ!?」

「ああん? 異論はないわよね?」

「マッタクモッテアリマセン。ウエサマノイウトオリニ……」


 ヘッドセットを小脇に抱えて、ドアに向う母の姿をただ見送るしかなかった。


 鬼の形相にあの気迫、そんな人を前にして言い返せる人がいるだろうか、少なくとも自分にはできないのだった。


「あと、母さん、明日は遅くなるからよろしくー」

「んっ、分かった」


 ばたんとドアが締まるのを確認すると、目の前に残された可動敷物ホロタイルに視線を向ける。


「さて、仕舞って寝るか……」


 置かれた可動敷物ホロタイルを手に取る。その表面には、極小のタイルが敷き詰められていて、裏面は滑り止め加工がされていた。また、この極小のタイルは全方向へ移動可能な仕様になっていて、動く床の役割を担っているのが分かっただろう。


 丸めた可動敷物ホロタイルを両手で抱えるように持ち、収納棚へと向かう。収納棚横の定位置に仕舞い終わると、隅のベッドに寝転んだ。


 昼光色ちゅうこうしょくの光りを放つ照明器具を見上げながら、この一学期について思い返す。自分の通う日出ひので中学校の教室で起きた出来事を遡ろう。


 そこに映し出された情景は校庭の桜を見下ろす二階、教室の一角だった。



 ――猿田悠人ゆうとと熊谷陽太ようたと出会ったのは、中学一年が始まってすぐのことだった。席も近かったのもあったが、何よりも話しかけやすい雰囲気であったから……これに尽きるだろう。


 最初の一週間はみんな、お互いに心の距離を測りかねていたが、


「そのアクキー……もしかして、ノームライズのアッシュ?」


 と、ロボットゲームの話題を扱うごとに、打ち解けていった。


 休憩時間の合間に話し合える仲間も見つけて、中学生活にも馴染み始めた四月中旬の放課後。ことの発端は、猿田のある一言が始まりだった。


「熊谷は部活動どうするかきめた?」

「いや、まだ何にするか決めてない」

「兎山は?」

「部活動は……正直もういいかなぁ」


 上半身を右側に捻りながら質問する猿田に、答えを返す。というのも、小学校の頃にバスケットボール部に所属していたのだが、過酷な指導と練習量に辟易へきえきしていたからだ。


「帰宅部ってこと?」

「まぁそうなるなぁ」

「帰宅部だけはやめておいたほうが……」

「そうそう、知ってるか? 姉貴が言ってた話だけど、部活動は内申点に加算されるらしいぜ」


 聞きなれぬ「内申点」という言葉に自分の表情がぐにゃりとゆがんでいく。なんかまずそうだなぁ……それだけは分かった。


「ならさぁ――三人で同じ部活に入部届出さねえ?」


 畳み掛けるように言う猿田の顔がニンマリと含み笑いをしていた。


「同じ部活って……何か企んでるな、猿田」


 含み笑いをする猿田の様子に、熊谷の好奇心旺盛おうせいな瞳がギラギラと輝いていく。


「おっほん……では、説明しよう」

「それで」

「いやねぇ、俺たち――ロボットとゲームが好きじゃん」

「まぁそうだけど……そんな都合のいい部活があるのか?」


 あまり気乗りしないことを伝える自分。そんな返答に、待ってましたといわんばかりに部活紹介冊子を取り出す。


「ではでは、文化部の欄をご覧ください。ページは十一です」

「十一ページ、十一ページ……」

「十一ページ――これか」


 そこに書かれていたのは、『e-sports部』の文字であった。


「あー、なんとなく分かってきたかも」


 そう思うのも、部活の説明欄に今流行のMRアクションゲーム『PAO』が競技種目として記載されていたからだ。


「そう、みんなでPAOやろうぜッ!」


 左手の親指を突き立て、満面の笑みを浮かべる猿田がいた。


「どうよどうよ?」

「別に異論はないけど……兎山は?」


 二人の表情から暗黙のプレッシャーを感じる。あっこれ、選択の余地がほとんどないパターンだ。脳内で「承諾」と「拒否」を両天秤にかけること数十秒、結論が言葉に現れていく。


「じゃあ、自分も……」


 ええいままよ、とばかりに解を示していた。


「決まりだな!」

「で、どうする? 部室はコンピューター教室って書いてあるけど、今から見学にでもいく?」

「『鉄は熱いうちに打て』って、この前の授業で先生も言ってただろ? 今すぐいこうぜ!」


 教室を飛び出す猿田、熊谷を見て、「待ってくれ」と後を追う。長い廊下を滑るように歩く二人の歩調に負けまいと歩幅を速めた。


 ドタドタと急いで階段を下り、一階の渡り廊下からコンピューター教室がある別棟へと向かう。角を曲がるのと同時に、コンピューター教室と書かれた表札が掲げられているのが分かった。


 歩みを止め、猿田、熊谷、自分の順でドアの前に立つ。


「……いくぞっ?」


 その言葉に熊谷、自分は「うん」と頷いた。猿田がドアにかけた手を勢いよく引く。


「すいません! 冊子の体験入部歓迎の文字を見てきたんですが」


 猿田が、一番槍といわんばかりに声を上げ、教室に入っていく。二番槍の熊谷も「体験入部希望です」と、はきはきと言った。


 三番槍の自分はというと、ごくりと生唾を飲み込み、「同じく」と言葉を発しながら教室に入るのだった。



 ――照明器具を見上げる瞳が瞬く間に、一学期の出来事を遡り終えていた。


 あの日から早いもので、四か月が経っていた。あれよあれよという間に、e-sports部に所属することになったが、不思議と後悔はなかった。それは猿田、熊谷という仲間の存在があったからなのかもしれない。


 また、PAOが三対三の対称型ゲームである点も、バスケットボール部に所属していたことのある自分にとって馴染みやすかった。


「明日はいよいよ地方予選か……」


 中学生の部で出場する自分たち以外にも、他校の生徒やアマチュアやプロなどの大勢の人が一堂に会する……まさにお祭りだ。


 急造の自分たちで勝てるのか、と不安になる気持ちの一方で、見知らぬ猛者との対戦にわくわくする自分がいた。


 はやる気持ちを抑えつけながら、頭上の棚に置かれたスマートフォンを手に取った。鼻先近くまで持ってくると、画面から消灯のボタンをタップする。


 昼光色の光りがスッと消え、薄暗くなった洋室で睡眠という階段を下るようにゆっくりと寝入っていた。



 ――遠く東の空から太陽が顔をのぞかせる。新しい朝が、決戦の時がきたのだ。


 寝起きの身体に活を入れ、朝食を終える。玄関越しに「いってきます!」と声を上げると、自転車のペダルを漕ぎ始めた。


 ペダルを踏むこと十数分、道に引かれたスクールゾーンの文字や通学路の道路標識が目指す中学校が近いことを示していた。


 裏門付近の自転車置場に止め、ヘルメットを脱ぐ。渡り廊下から一階のコンピューター教室へ入ると、見知った猿田、熊谷に加えて、顧問の山科先生ほか十数名の先輩方がいるのが見て取れた。


「あっ……なんだ最後かよ」

「おっす! 今日は熊谷のほうが早かったな」

「あれだけ念押しされたからな」


 熊谷が苦笑いしながら、そう答えていた。


「これで全員揃ったかな? じゃあ、会場に向いましょうか」


 山科先生の言葉を聞いて、全員が校外のバス停に移動し始めた。しばらくして、PAO地方予選が開催される会場に向うバスが停車していた。


 バスに全員が乗り込み、発車してから数十分が経ったであろうか。すると、山科先生が「次で降りますからね」と言って、降車ボタンを押すのが見て取れた。


 空気が抜けるような音がして、ドアが開く。開け放たれたドアの先には、近未来的な外観の建物、菊谷橋アリーナがあった。


 入口に入り、登録を終える。予選会場である菊谷橋アリーナの多目的ホールへ進むと、直径五メートルあろうかというスタジアムがひときわ目立って見えた。


 また、スタジアムの表面には、可動敷物ホロタイルと同様の動く床が設置されていた。


 通路を進み、「日出中学校御一同様」と書かれた席に座る。それから三十分が経ったであろうか、会場の照明が落とされるのを皮切りに、開会式が始まった。


「配信をご覧の皆様、そして会場にいらっしゃる皆様、こんにちは!」


 口ひげを生やし、背広に蝶ネクタイをつけた司会者が進行役を務めていた。


 PAOの基本的なゲームルールや予選の概要、部門ごとの参加者や学校名などを読み上げていく。


「なお、今予選から協賛企業の『株式会社ダイムラ』様の提供により、『素体プライム』を使った立体的な戦闘が可能となりました!」


 司会者の言葉と同時に、ライトがスタジアムの中心を照らす。


 顎を引き、胸と腰を前掲させ、足を逆ハの字に開く六体のフィギュアが立っているのが見て取れた。S字立ちを決めるフィギュアの大きさは十五センチほどで、頭部は眼も鼻もないのっぺらぼうであった。


「さぁでは、このあと中学生の部から開幕です!」


 会場のボルテージが一気に上がっていくのを目の当たりにして震える自分がいた。


 中学生の部、予選一回戦の第一試合が開幕に合わせて、素体プライムの表面に画像が投影されていく。プロジェクションマッピングによって、参加者の武装アーマメントが立体的に表現されていた。


 試合開始とともに素体プライムがスタジアムを縦横無尽に駆け巡っていく。


「動いてる……動いてるよ!」


 素体プライムが動くさまに、興奮で胸が高鳴るのを感じる。自分だけではない、猿田、熊谷や他校の生徒から漏れる声がうわずっているのが分かった。


 熱狂的な雰囲気のまま、第一試合、第二試合が終わる。次の第三試合はいよいよ自分たちの番だ。


 近づいてくるスタッフの足音を聞いて、自分の脈拍が速くなっていくのが分かった。強張る自分を「いつも通り」と言い聞かせるように、大きく深呼吸する。


 スタッフに連れられ、舞台袖で待つこと十数分、舞台に立つ司会者が、


「第三試合はこの組み合わせだァ! 日出中学校からの参加。チーム『UGOKU』ゥ!」


 と、声を張り上げる。


 名乗りに合わせるように、猿田、熊谷、自分の順番で舞台に飛び出し、整列していた。


「対する相手は、穗並ほなみ中学校からの参加。チーム『ドライ・メテオール』ゥ!」


 自分たちと同様に、対戦チームが舞台で整列していた。舞台手前に設置されたモニターが対戦相手の名前を表示する。


 名前にはルビが振られていて、右から「高月たかつき琢哉たくや」、「仲間なかま良宣よしのぶ」、「宮回みやさこ辰夫たつお」と書かれていた。


「ルールは部隊旗手フラグシップの撃破戦。戦場ステージは『廃墟市内』ァ! では、選手はヘッドセットの着用をおねがいします」


 ヘッドセットを被ると、眼前に雪天せってんの廃墟市内が映し出されていく。


 自分の隣には、ゴリラをベースにした猿田の『ヴィートレッカー』とクマをベースにした熊谷の『ベアナイフ』が立っているのが分かった。自分の小さく軽量な体と比べて、両者の身体は大きく見えた。


 自分たちの部隊旗手フラグシップを猿田に、自分の武装アーマメントASアサルトショットガンに設定する。お互いの武装アーマメントを確認すると、「準備完了エントリー」を選択して、待機状態に入っていた。


 すると、モニター中央に試合開始を「三、二、一」の文字がカウントダウンされていく。「零」の文字を見るや否や、グレビットである自分の身体が動き出していた。


「兎山はB中継を。熊谷はC中継を索敵してくれ!」


 開始早々、指示を飛ばす猿田の姿があった。その言葉に「了解」と返すと、B中継へと向かった。


 B中継に到着すると同時に、近くにある瓦礫の山に小柄な身体を潜り込ませていく。


「A中継、敵影なし……そっちは?」

「C側もいないみたいだな。これは兎山のB側か?」


 こちらにきているかもしれない、そんな言葉におっかなびっくりしながらも瓦礫の山から垣間見ピークする。


 瞬間、前方にあるビルの残骸付近に黒く輝く三人の敵影がいた。バイソン型、サイ型、カバ型ロボットの敵集団だ。


「ああ、こっちにいる――しかも、部隊旗手フラグシップも一緒だ」


 チラッとカバ型の身体に部隊旗手フラグシップの文字が見て取れた。


「猿田、どうする?」


 猿田の判断を仰ぐ。事前対策で全方位に警戒線を張ったつもりだったが、それが裏目に出たかもしれない。


「猿田、二人ともA中継に合流か?」


 熊谷の言葉とともに、一刻も早くA中継に向かうべき、と頷く自分がいた。相手の動向から、部隊旗手フラグシップである猿田を二人で護衛するのが最良の考えだと思ったからだ。


 しかし、猿田に問いかける両者に帰ってきた言葉は意外なものだった。


「いや、熊谷はそのままで。俺がC中継に移動するから、それまでの時間を兎山は稼いでくれ」


 猿田の声がいつも以上に冷たく低い。冷静な判断が出来ている証拠か。


「それと、C側の地形ってB側を撃ち下せるはず……だよな?」

「C側南東にある強ポジからなら」


 南東の高台は、熊谷の武装アーマメントしたSRスナイパーライフルを生かすにはもってこいの場所だ。


「了解。殿しんがり役な」


 C中継陣地転換、後退する猿田を逃がす重要な役目に、両足がウサギのようにぶるぶると震えていた。


 そんな震えを打ち消そうと、冷たく凍る外気を肺一杯に吸い込む。一呼吸、二呼吸するごとに、身体の熱さと震えが弱まっていくのが分かった。


 敵三人との距離が詰まる前に動く。そう決心すると、敵を釣るように大回りに左折していた。


「むむッ!? 敵発見ですかな?」

左様さようで。あれでおじゃりますか、兄者?」

「おう! 皆のども、季節風モンスーン連撃アタックを仕掛けますゾッ!」


 そう言うと、先頭のバイソン型ロボットに身を隠すように、サイ型、カバ型と一列に並んでいく。それだけではない、まるでレーシングカーのようにスリップストリームを使いながら加速していくではないか。


「なんだあの陣形は!?」


 異様な陣形に気を取られたのか、自分の足が数秒間止まっていた。


「そこォ!」


 その叫び声とともに、バイソン型がRLロケットランチャーを発砲する。放たれた弾頭が、右こめかみ付近を掠めていくのが分かった。


「――あぶっね」


 敵に対して、フェイントをかけるように身体を左右に振ると、一気に走り出す。


「フフフッ……ほれほれ」


 バイソン型の攻撃をかわしたと思った刹那、後続のサイ型が先頭から半身を右側に出し、RLロケットランチャーを発砲していく。


「ヒャッハッハッ!」


 それに合わせる形で、カバ型も半身を左側に出すと、RLロケットランチャーを撃ち放つ。


 十字砲火クロスファイアから繰り出された弾頭が自分の背中を捉えていた。


「ぐッ――」


 二撃を受けて、身体が反り返る。幸いなことに、命中した二発を背中の装甲アーマーが防いでくれた。


 だが、止まっては敵の思うツボだ。一連の動作を繰り返しながら、敵との距離を引きはがしていく。大きな隘路あいろを駆け抜け、C中継へと走る走る走る。


 すると、ボイスチャットから、


「兎山ァ! C中継のほうに引き込めェ!」


 と、猿田の指示が飛んでいた。


「とっくに引き込んでる。四十秒後に撃ってくれ!」


 自分の足が二十歩、三十歩を超えた辺りで、南東の高台から、「バスッー」という音が鳴り響いた。


 熊谷のSRスナイパーライフルが先頭をゆくバイソン型の頭部を「パァーン」と打ち貫いていた。


「弟者ァ! おのーれェ!」


 サイ型がそう叫ぶと、持ち替えたグレネードを高台へと放り込んだ。


「退避ィ!」


 熊谷と猿田が高台を放棄して、滑り落ちていく姿があった。


 しかし、転んでもタダでは起きない。滑り落ちる熊谷と猿田の手には、HGハンドガンが握られていた。


「撃って撃ち続けろォ! 再装填リロードまで撃ち続けるんだァ!」


 叫ぶ声とともに、放たれた弾頭がサイ型とカバ型の周りを包み込む。


小癪こしゃくな……兄者ァ!」

「あれだ。部隊旗手フラグシップは、あのゴリラと見たゾッ」


 サイ型とカバ型も負けじと、腰からSMGサブマシンガンを取り出し、応戦する。


「猿田、熊谷――援護サポートするから隠れろ!」


 滑り落ちた先にある瓦礫の山を指差し、声を上げる。息つく間もなく、二人の援護サポートに入り、ASアサルトショットガンを撃つ。


「この小姓こしょうォ! 邪魔立てするか!」


 優先目標ターゲットがこちらに向いた。猿田、熊谷も無傷とは言わないが、瓦礫の裏に隠れられた。今が部隊旗手フラグシップを狙うチャンスだ、そう第六感ゴーストがささやいていた。


「猿田、熊谷――仕掛ける! 弾幕バリッジ任せた!」

「しゃあッ! 任せろォ!」

「倍返しでいくからなぁ!」


 自分に優先目標ターゲットを向けていた敵二人が、味方二人の弾幕バリッジに慌てふためく。


「そこだ!」


 敵二人の隙をついて、懐に飛び込む。その勢いのまま、カバ型の胸先に近づこうか、という位置でスライディングした。


 小さく軽量な体がカバ型の股下をくぐる。その一瞬、手にするASアサルトショットガンの銃口が火を噴いた。


〈YOU ARE THE WINNER〉


「勝者、チーム『UGOKU』ゥ!」


 司会者の声に歓声が沸く。


 ゲーム内では、リラ姿の猿田、マ姿の熊谷と、ぎゅっと抱き合うサギ姿の自分がいた。


 これがチーム『UGOKU』の公式戦初勝利だった。


 初めての勝利に、自分の内にある何かが……そんな気がしたんだ。


 そして、これがあの伝説の始まりだとは、誰も知りもしなかっただろう。だが、それはまた別の話。

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