第4話 人の子



 ◆緊急事態

 ガードマンが小走りに前方を横切った。

「この間の警備員や。なんぞあったんやろか」

 のんきな友人もさすがに、気づいたようだ。粕原さんの血が騒ぎ始めた。他人の失敗に学ぶことは、大切だ。


 ガードマンを付けて行くと、食料品売り場に急行した。

 店員が八〇過ぎの高齢婦人の腕をつかんでいる。粕原さんは、一瞬にして呑み込めた。

 高齢婦人は小柄で痩せていた。母親の姿がダブってしまった。


 ガードマンが店員と二言三言、言葉を交わし、高齢婦人を連行しようとした。高齢婦人は前かがみになり、頭を突き出して従っている。


 ◆人助け

「おばあちゃん。こんなところにおったん」

 粕原さんは気さくに声をかけた。

 ガードマンが粕原さんに気づき、表情を変えた。

(また、あんたか)

 粕原さんは意に介さなかった。


「おばあちゃん。これ、お嫁さんから預かってきたよ。お金忘れて買い物に行ったからって、心配しとったで。何、買うたん。これから、レジに精算に行こう」

 粕原さんは千円札を握らせた。


「年寄りから目を離さないように、よく言っといてください。大きな声では言えませんが、こういう人の万引きって結構多いのですよ。中には、認知のフリしている年寄りもいて、タチが悪いのですよ」

 粕原さんは「はい、はい」と、いつになく素直だった。


 ◆後悔

「おばあちゃん、どこに住んどるん?」

 エレベーターホールの椅子に休ませ、おばあちゃんから話を訊いた。

「さあ」

 何かを一生懸命に思い出そうとしている。

「名前、教えてよ」

 おばあちゃんは小声で言った。

「よしだつねこ。六二歳。昭和一六年生まれ」


 「どうしょう。粕原さん。自分の歳も忘れたみたいや」

 友人も困り果てている。

「このまま、ここに置いとくことできんしなあ」

 二人は途方に暮れて、おばあちゃんの両脇に座った。


  ◆家業

「けど、なんでおばあちゃん、玄米なんか買おうとしたんやろ」

 友人の言うとおりだった。背中を丸め、玄米の包みを大事に抱えている。

「トリ。エサ」

 おばあちゃんがぽつりと言った。


「そうか。おばあちゃん、ペットのエサ買いに来たんや」

 友人はやっと手掛りを得た様子だった。

「ううん。鶏。エサ」

 粕原さんにひらめいた。


「分かった! おばあちゃん家、養鶏場やっとるんや。エサがなくなったので、買いに来たんや」

「うん。鶏。エサ買った」


  ◆悪知恵

 粕原さんのテーマ曲・ピンクパンサーが中断され、店内放送があった。

「よしだつねこ様、ご家族がお待ちです。二階、受付までお越しください」


  お嫁さんが待っていた。

 横にガードマンがいた。苦り切っている。

「あんたたちが絡むから、ややこしいことになったんだよ。そういう知恵は、もっと世の中の役に立つことに使いなさい」

 また、苦言を呈された。

 お嫁さんからは何度も礼を言われ、頭を下げられた。


 「ところで、母は何か申しておりましたか?」

 粕原さんは鶏のエサのことを話した。


「お母さん。養鶏場はお父さんが亡くなった時に、止めたのよねえ。だけど、鶏舎にまだ鶏、生きてるかもね。そのエサ持って、早く帰ろうよ」


  デパートの駐車場まで、親子を送った。二人はまた、おばあちゃんに会うことがありそうな気がした。

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和製ピンクパンサーⅢ 山谷麻也 @mk1624

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