第3話 プロフェッショナル
◆賭け
まだ友人は話し込んでいた。
「そうかい。姉さんも苦労してきたんだなあ。それに比べて、ウチのは…」
男は腕時計を見た。ブランドもののようだった。
「まったく、のんきな連中だ。いつまで買い物してんだよ」
しびれを切らせたかのように、男は椅子から立った。
「ちょいと、見てくらあ。ウェートレスさん、このままにしといてね。女房たち呼んでくるからさあ」
男はカツカツと革靴の音を響かせて出て行った。
「ねえ、あの男、帰って来ると思う?」
粕原さんは友人に訊いた。
「何いうとるの。奥さんたち迎えに行ったんやろ」
友人は毛の先ほども疑っていなかった。
「ほな、賭けようか」
言いながら
(ウチも性格が悪うなったなあ)
と思った。
◆とんずら
イベントが終わったのか、フロアがざわついてきた。
ファミレスの席が埋まり始めた。
「悪いから、帰ろか」
粕原さんがバッグを持った。友人は隣りの席が気になっているみたいだった。つまみはほとんど平らげていた。温まったビールとクリアファイル様のものが、主を待っていた。
「今ごろ、とんずらしとるよ」
粕原さんの言葉に、友人は首を傾げた。人を疑えない子だ。
食事券で支払った。
「お知り合いの方ですか。まだ、お戻りになりませんか」
粕原さんは、初めて会った人だと答えた。
「困りました」
そうだろう。順番待ちの客もいた。
◆落ち度
「店員さんも、難しいところやね。片づけて、万が一、戻ってきたら、土下座どころでは済まされんで。どこぞに落ち度がないか、ああいう人間は目を光らせとるんや。ここぞとばかりに、大暴れするで」
光景が目に浮かんだ。
「奥さんも一緒やと、まさかそんなことさせへんやろ」
友人はもっともなことを言う。
「『遅くなったから、女房たち先に帰した。オレはもうちょっとだけ飲んで行くことにするよ』とか言い出すに決まってる。自分の席がなかったら、手がつけられんで。席があればあったで、次の手は考えているものよ」
女店員は身をすくめた。まだ、土下座のショックから立ち直れていない。
◆蛇の道
友人は関わり合いになることを恐れて、粕原さんの袖を引っ張った。
「ほんまに恐ろしいところやなあ、東京は」
都内とはいえ、ここは多摩地区。東京の田舎だ。生き馬の目を抜くようなゾーンがあることを、友人はまだ知らない。
「それにしても、粕原さん、大したもんやね。尊敬するわ。よう、あんなこと知っとったなあ。なんとか言うやない。ヘビがなんとか…」
「もしかして、蛇の道はヘビ」
「それ、それ」
友人は手を打った。
(こういう天然が、立ち直ろうとする人間の足を引っ張るのや)
粕原さん、更生の道はるか、だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます