第2話

あの日、私はいつも通り正当な判断ができるよう細心の注意を払い、準備万端の中アシスタントとその店に向かった。

その店は、新進気鋭の若者の店だった。

住宅街に佇む隠れ家風フレンチレストランで、こじんまりとした店内だったがアンティークな家具を多用するなど店主のこだわりが詰まっており、私が言うのもなんだが素敵な店だった。そのためなのかすぐに口コミで広まり、あっという間に予約のとりにくい人気店となっていた。

予約は半年先まで埋まっているという。


今回この店を選んだ理由として、私の知人が「是非」との勧めがあったからだ。

私は内心こう思った。

(もう予約の取れないほどの人気店になっちゃっているんだから、わざわざ自分が批評せずともやっていけるからいいじゃね?)と。

しかし、その知人がいいから行ってこい馬鹿野郎!と心の中で言ってるような気がして、さらには店主も来るなら来い!馬鹿野郎!と天に向かって言ったがどうか知らないが、なんとなく神様である私を待ち望んでいるのかなと感じたからだった。たぶん。

なんだか、私からのお墨付きをもらって今後の更なる弾みにしようとしている不届き者ではないかと段々思えてきて、さらには、何か裏でもあるんじゃないかとの疑いの目さえ出てきてしまい、私も人の子なもんで気づけば、店に行く前から良い印象が持てなくなって、なんなら粗探しでもしてやろうとさえ思えてきてしまった。

そんな心で店に行ったもんだから、まともな判断などできたものではなかった。


そんな目ん玉ギラギラ充血しまくりの私の目の前に注がれた最初の水でまさかのケチがついてしまった。

水を一口飲んだ私は、瞬間的に怒りは頂点に達し、気づけばなりふり構わず怒鳴り散らしてしまった。


「なんじゃこの水ワレ!。ドブってるじゃないかワレおう!完全にドブっちゃってるじゃないか!どこのドブだ!どこ産のドブだ!ああわかる、わかるぞ、この臭いは完全な天然ドブじゃないか!養殖では無理だ。完全な自然由来の天然もんだ!って天然ってなんのことじゃワレ!まあそんなことはどうでもいい!こんな水を客に出してるような店の料理など食えるかボケー!、ナス、カス、ダス!帰る!」と。


私は怒りに溢れ、店主の声など全く聞こえないままお店を後にしてしまい、車に乗るとすぐさまインスタに一連の出来事をあげてしまったのだ。

上げてしまった後に、少し冷静さを取り戻して、スタッフに先程の出来事について文句を言っていた。

「まったく何が予約の取れない店だ!あんな臭い水を出して良く平然としてられるもんだ。そうだろ?飲めたもんじゃなかったよな?」


「・・・いや・・・そうでしょうか・・・う~ん」

スタッフは困惑している。


「私は、ああいったお店は許せんのだよ。ちょっとチヤホヤされて勘違いしているんだ」


「・・・」


しかし、家に帰ってきてスマホを弄りながらお口直しにとコップの水を飲もうとしたときに私は気づいてしまった。


私は愕然とした。

さっきの臭いがまたここで臭ってきたのだから。

家のコップの水を飲もうと口を近づけた瞬間ドブってきたのだから。


あの異臭は私の口の臭いだった。

認めたくはないが、あのドブは私が生み出した特産物だったのだ。


あきらかに歯槽膿漏だった。

圧倒的な歯周病であった。

歯が抜けてないだけまだラッキー♡って、もう手遅れだわ!

「え~お腐れ様からスカウトがきております。一緒に腐って僕たち腐れ縁」

「一生懸命育てた歯槽膿漏(歯槽膿漏)、みんな驚いた出血(出血)、マスクから漏れる腐敗臭(腐敗臭)、箱根の大涌谷がお友達(黒卵)」

まったく笑えない。



続けよう。

つまりは、

業界風に言えば歯茎が腐っているということだ。

若者風に言えば「え?センター街の生ごみ食べた?」だ。

ついでにキムタク風に言えば「ちょっ!待てよ!」だ。

さらにサブちゃん風に言えば「祭りだ!」だ。

全く意味不明。

ああ、心が、心が、壊れていく・・・頑張れ俺、踏ん張れ俺。


もう悪あがきは止めよう。

素直に謝って歯医者に行こう。

いや、やっぱり歯医者行く前に、ニンニクたっぷりラーメンを食べて先生に「いや、これニンニクの臭いですから。歯医者行くのに忘れてて、うっかりニンニクラーメン食べてしまったんですよ、決して歯周病の臭いではありませんから!ハハハハ」って駄目か。

バイト探そう。


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美食家 遠藤 @endoTomorrow

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