美食家

遠藤

第1話

私は美食家だ。


誰もが認める日本一の美食家である。

私が美味いとひとこと言えば、その店はたちまち予約の取れない人気店になる。

私は、それくらい影響力がある人間なのだ。


そんなもの凄い、まるで神様みたいな存在の私が大変なミスを犯したかもしれないと気づいてしまい、現在、心の動揺が半端なく、気が狂いそうなほどに追い込まれている。

正直怖くていつオシッコを漏らしてもおかしくはない。

心を落ち着かすため、何か飲もうとキッチンまで行ったが、頭の中があの事で支配されまくっており、気づいたら酢のビンに口をつけてグビグビ煽ったあげく、毒霧のように噴き出したのには自分でも恐怖を覚えた。


気を取り直して思考を進めよう。

そう、誰にだってミスはあると思う。

例えば、お腹が空いた状態の場合とお腹がいっぱいの状態では判断に違いが出てしまう。

だから極力同一条件で判断できるよう常に細心の注意を払っている。

そこまで気を使いまくっているこの私がとんでもないミスをしてしまったのだ。

どうすればいいのか、今この瞬間には全く思いつかない。

ただただ、己の罪の重さに押し潰されないように、心の緊急避難行動の一つである鼻毛を指でつまんで抜いて、ティッシュに並べ見つめるという方法で心を落ち着かせようと試みた。

とても長いのが抜けるたび、(え?なに?こんな長いのがこの鼻にいたの?これは髪の毛ではないの?)と、そのあまりの衝撃に、どんな嫌な事も怖い事であっても全て忘れられるような気がするのだが、いざその短時間しか持たない効果が消えてしまえば、またあのミスを思い出してしまうのだ。

それなら耳の毛ではどうだろうかと誤魔化してみても、やはりその事実に向き合う以外に救われる道はない。


決して思い出したくはなかったが、このまま思い出さないと私の人生が進まない。


覚悟を決めよう。

覚悟を決めてその事実と向き合おう。


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