第6話 映画館と噂
朝からスマートフォンが震える。画面を確認すると、美咲からのメッセージが届いていた。「今日、昼から映画行こうよ!」という明るい誘い文句に、彩香は一瞬忘れていた約束を思い出す。ベッドの上で軽くため息をつくと、少し面倒くさそうに体を起こした。
リビングでは母の陽子が朝食の準備をしていた。小さなテーブルにはトースト、スクランブルエッグ、そして彩香の好きなベーコンが並んでいた。陽子は振り返り、「おはよう、彩香。今日は早いのね」と笑顔で言った。
彩香は軽くうなずきながら、「おはよう。今日は友達と映画に行くから」と答えた。
「そう、楽しんできてね」と陽子は優しく声をかけた。彩香はその言葉に少し驚きながらも、「うん、ありがとう」と短く返事をした。
その時、妹の花音がリビングに入ってきた。「お姉ちゃん、おはよう!」と元気に挨拶する花音。彩香は微笑んで「おはよう、花音」と返した。
花音はテーブルに座りながら、「今日、どんな映画見るの?」と興味津々に尋ねた。
「アクション映画だよ。美咲が見たいって言ってたから」と彩香は答えた。
「いいなあ、私も行きたい!」と花音が目を輝かせる。
「花音にはまだちょっと早いかな」と陽子が優しく言いながら、花音の頭を撫でた。
彩香はその様子を見つめながら、急いで朝食を終えた。そして、自分の部屋に戻り、着替えと身支度を整えた。リビングに戻ると、花音が小さな手で彼女の手を握りしめ、「楽しんできてね、お姉ちゃん」と笑顔で言った。
彩香は少し照れくさそうにしながらも、「ありがとう、花音。行ってきます」と言って、ドアを開けて外に出た。陽子と花音の見送りを受けながら、彩香はバス停へと向かった。
昼前、彩香は隣町のバス停で美咲を待っていた。数分後、美咲が駆け寄ってくる。「お待たせ!」と元気に声をかける美咲に、彩香は微笑んで「いや、全然だよ」と返した。二人はバスに乗り込み、映画館へ向かった。
映画館は最近できたばかりのモダンな建物で、ガラス張りの外観が一際目立つ。館内に入ると、ポップコーンやコーラの甘い香りが漂っていた。若者たちが集い、笑顔でチケットを手にしている。美咲と彩香もチケットを購入し、売店でポップコーンとドリンクを買った。
上映前の劇場内は、観客たちの期待感が漂っていた。巨大なスクリーンが映し出す広告や予告編に目を奪われながら、二人は指定された席に座る。美咲は無意識に深呼吸をし、これから始まる映画に心の準備をしていた。
映画が始まると、美咲はすぐにスクリーンに引き込まれた。爆発音や激しいアクションシーンに目を輝かせ、時折「すごい!」と小さく声を漏らしていた。彩香はそんな美咲の様子を横目で見つつ、映画の展開に集中した。クライマックスに近づくにつれ、美咲の目には涙が溢れ、ハンカチで何度も拭いていた。
映画が終わると、二人は近くのカフェへ向かった。店内は木の温もりが感じられる落ち着いた雰囲気で、窓際の席に腰を下ろした。美咲は興奮冷めやらぬ様子で映画の話をしながら、時折涙を拭い続けた。
「本当に感動したね、あのラストシーン!」と美咲が言うと、彩香も「うん、すごかった」と相槌を打った。しばらく映画の話題で盛り上がった後、美咲がふと声を潜めて言った。
「ねえ、知ってる?この辺りに過去に戻れるっていう噂の郵便局があるんだって。」
彩香は疑った顔で美咲を見つめた。
「本当?そんな話、聞いたことないけど。」
美咲はうなずきながら、「うん、私も最近聞いたばかりなんだけどね」と続けた。「どうやらそこは、過去に手紙を送れるらしいの。だから、昔の自分にメッセージを送ったり、誰かに謝りたかったことを伝えたりできるんだって。」
彩香は半信半疑のまま、「そんなの、ただの都市伝説じゃない?」と言った。
「かもしれない。でも、実際に試した人がいるみたいで、そういう人がちょこちょこいるみたい」美咲は真剣な表情で話を続けた。
「もし本当に過去に戻れるとしたら、彩香は誰に何を伝えたい?」
彩香は一瞬考え込んだ。
「うーん、そうだな…。やっぱりお父さんかな。…もっと話したかったなって」
美咲は優しく微笑んで、「…そうだよね。私は過去に戻れたら、色んな人にもっとありがとうって言いたいな」と言った。
「でも、本当にそんなところがあるの?」
「その場所は具体的にはわからないけど、ここの近くらしいよ。探してみたら、意外とすぐに見つかるかもね」
二人はその後もカフェで話し続け、夕方になってから帰途についた。
『ありがとう』が言えなくて くまちゃん @kuma-chan0622
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