エピローグ 真昼の星

 ダニエルとティアナ、そしてブラウの三人を乗せたボートは、翌朝にはライロズビー王国の沿岸警備艇に発見され、一番近い港町に曳航えいこうされた。複雑な海流の中で陸地の近くにたどり着けたのは奇跡だ、という者もいたが、サーシャとあの帆船の乗客たちの想いがこの国まで導いてくれたのだと、そうダニエルは確信していた。

 ティアナの髪の長さは、「清導の光と珠言」を最大限に発動させたにもかかわらず、元の長さとほとんど変わりがなかった。やはりティアナは長い髪の方が似合うな、とダニエルは、幽体たちを天に送る手助けをしてくれたサーシャとブラウに心の中で感謝した。



「それでは、魔力水を見に行くのはもう少し先になるのですか?」


 港町の大通りを歩きながら、ティアナが隣を歩くダニエルに尋ねた。異国の商店を物珍しそうにのぞき込んでいたダニエルは、ティアナの方に顔を向けると、困ったように頭を掻きながら答える。


「うん。何しろ荷物がほとんどなくなっちゃって、身に着けていた分しかお金がないからね。宿泊するだけならしばらくは持つけれど、魔力水の購入となると本国からの送金を待つしかないんだ」


 あの事件から三日が過ぎた。実家への催促の手紙は、もう届いている頃だろう。旅に出てからそれほど長くはないのに、ダニエルはラングハイエン王国のことを懐かしく思った。


「というわけで、ごめんねティアナ。またしても足止めさせる感じになっちゃってさ」


 申し訳なさそうに隣を見たダニエルは、おやと首をひねった。彼が予想していた落胆ではなく、なにやら期待を込めた表情で、ティアナはダニエルをちらちらと見ている。そしてやがて、もじもじと顔を赤らめたティアナが、消え入るような声で言った。


「それでは、し、しばらくは、お時間がありますよね」


「うん?」


「あの、私。待ち時間を使って、やってみたいことが、あるんです」


「へえ、何?」


 ティアナは真剣な表情で、大通りの先を真っ直ぐににらみつけている。なんだか迫力あるな、と的外れな感想を抱いたダニエルに、ティアナはこわばった声を絞り出した。


「ダニエル様。わ、私に、ダ……」


「ダ……?」


「ダ、ダンスを、お、教えて頂きたいのです」


「え、ダンスを!?」


 ティアナは赤くなったまま頬をふくらませると、怒ったように言った。


「サーシャ殿下には、申し訳ないのですが。私だってあの時、ダニエル様とダンスを踊りたかったのです……!」


 それだけを一息に言うと、ティアナはダニエルを置いてさっさと足を速めていった。後に残されたダニエルはしばし呆然としていたが、我に返ると慌ててティアナの後を追う。


「ちょっと待ってよ、ティアナってば。もちろん教えるよ、大歓迎だからさぁ!」



 ティアナのポケットから頭だけを出したブラウは、この旅でもう何度目かの「やってられない」をつぶやくと、停泊している帆船のマストの向こうに輝く海を透かし見た。水平線の上は晴れ渡り、雲一つない。しかしブラウの目は真昼の空に、金色に光る無数の星たちを見ていた。

 またね、公女さん。空は、いつでも続いているからさ。




《 墓守のティアナ ~マストの先の導き~ Fin. 》

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墓守のティアナ ~マストの先の導き~ 諏訪野 滋 @suwano_s

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