最終話 人生の転換点

 その後、多喜子たきこの父親を交えてウィッグの利用について話し合った。

 結果、学校にはウィッグをつけていかないことになった。他の生徒への影響も大きく、また今さらということで尚子なおこも納得した。


 その代わりに、ロングホームルームで時間をもらい、尚子はニット帽を脱いだ状態で教壇に立ち、現状を説明。

 心因性のもので感染する心配はないこと、心因性のため根治する治療方法がないこと、自分の力ではどうしようもないことをクラスメイトたちに説明した。

 同時に、自分への蔑みの言葉にとても辛い思いをしていることを吐露。「まだらハゲ」という言葉を口にする前に、一呼吸置いてもう一度その言葉を口にすることがどういうことなのかを考えてほしいと涙ながらに訴えた。

 その後、尚子を蔑むクラスメイトはいなくなった。


 また、クラスでは多喜子の仲介で、多喜子たちの女子グループに入って中学生活を楽しんでいる。そのグループには時折幸浩ゆきひろの姿も見られ、リア充のひとりとして周囲の男子から羨ましがられている。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 席に座っていた幸浩の下にやってきたクラスメイトの男子。


「なぁ、山本(幸浩)」

「んあ?」

「先週末にさぁ、駅前でスゲェ可愛い子ふたりとデートしてなかったか?」

「先週末……あぁ、デートじゃねぇけど三人で遊んだな」


 スマートフォンを取り出して、その時の写真を見せる幸浩。


「あぁ! そうそう、この子たちだ! 服がこんな感じだった! ひとりは佐藤(多喜子)さんだろ? あの子、可愛いもんな! ……ちょっと変わってるけど……」


「お~っほっほっほっほっほ」


 多喜子は離れた場所で他の女子とおしゃべりに興じていたが、教室に響く高笑いに幸浩は頭を抱え、男子は苦笑いした。


「で、もうひとりの茶髪でボブレイヤーのこの子! めっちゃカワイイじゃん! どこでこんなカワイイ子と知り合ったんだよ、超うらやましい!」


 ニヤリと笑う幸浩。


「お前さぁ、ほんっとーに見る目ねぇな」

「どういうこと?」

「この子、ウチのクラスにいるぜ」

「えぇっ! ウソつけ! こんなカワイイ子……」


 教室中に視線を泳がす男子。そして……


「あぁっ!」


 男子が驚きと共に指を指した先には、顔を真赤にした尚子がいた。


「これ、中山さんかぁ!」

「はい、佐藤さんからウィッグをお借りして、あと眉毛を書いてもらいました」


 恥ずかしげではあったが、自分のしていたメイクをきちんと説明した尚子。


「イイじゃん、イイじゃん! めっちゃカワイイよ、マジで!」


 少し苦笑いの尚子。


「んじゃ来週、俺とデー――」

「はい、ダメー」


 言葉を被せる幸浩。


「何でダメなんだよ!」

「下心丸出しのヤツと中山をデートなんてさせられるか」

「お前は中山さんの父親か!」


 そのやり取りに、尚子は思わず大笑いしてしまう。

 それを見て嬉しそうにトコトコとやってきた多喜子。


「あ~ら、随分と楽しそうだこと」

「いやさぁ、コイツが中山とデートしたいらしいんだよ」


 多喜子は男子をちらりと見た。


「では、中山さんの魅力を四百字詰めの原稿用紙十枚にまとめてきなさい。まずはそこからですわ。お~っほっほっほっほっほ」


 多喜子の言葉に爆笑している尚子と幸浩。

 男子は頭を抱えた。



 あれから尚子を取り巻く環境も随分と変わった。学校では尚子を蔑むようなクラスメイトもいなくなり、笑顔を見せることが増えてきた。週末は、ウィッグを身に着けて多喜子と幸浩の三人で遊びに行くことが多い。少し前までは外出するのも嫌だったが、そんな気持ちはかなり薄れた。

 

 お互いに気付き合い、お互いに理解し合い、お互いにゆるし合える本物の友だちの存在は、尚子の人生を本当の意味で豊かにしていった。豊かな人生は、心も平穏で豊かなものへと変えていく。そして、その変化が身体に与える影響も大きかった。


 尚子はまだ知らない。

 三年後、多喜子と幸浩と同じ高校に、綺麗な黒髪で進学することになることを。



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濁った視線 下東 良雄 @Helianthus

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