第4話 偏見の正体

 神妙な表情を浮かべる尚子なおこ


「……そして、ごめんなさい……」


 多喜子たきこ幸浩ゆきひろに、突然深々と頭を下げた尚子。


「な、中山さん、どうなさったんですの!?」

「どうした、中山?」


 尚子は自分の正直な思いを話し始める。


「私は……佐藤(多喜子)さんを嫌なお金持ちのお嬢様だと……そういう目で見ていました……毎朝私に挨拶をしていくのも、単なる嫌味だと……」

「そうでしたの……」

「私は……山本(幸浩)くんを煙草を吸うような不良だと思っていました……関わり合いになりたくない人種だって……」

「まぁ、しゃあねぇよ。こんな身なりだしな」


 それを否定するように、顔を上げて首を左右にふる尚子。

 尚子は涙を零していた。


「私は、クラスメイトから向けられる濁った視線に毎日耐えていました。影で『毛無し女』『まだらハゲ』って呼ばれているのも知っています」


 複雑な表情で尚子を見つめるふたり。


「何で私が、何で私ばっかり、何で、何で、何で……悔しくて、悔してくて、悔しくて……でも私は、自分自身が一番嫌い憎んでいたそんな濁った視線でおふたりを見ていました……毎日声をかけてくれる佐藤さんに『ニット帽のこのワンポイント可愛いでしょ?』ってなぜ返さなかったのか……毎朝挨拶してくれる山本くんに『おはよう、眠そうだけど夜ふかしでもしたの?』ってなぜ返さなかったのか……それは歪んだ偏見の目でおふたりを見ていたからなのです……」


 尚子はニット帽を取り、改めて深々と頭を下げた。

 その頭は、髪の毛がところどころにしか生えていない状態だ。

 円形脱毛症とまったく間逆な状態である。


「私は最低です……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 声を震わせる尚子。

 そんな尚子の両肩を持ち、身体を起こさせて抱きしめる多喜子。


「幸浩も……お願い……」


 多喜子の呼び掛けに、幸浩も尚子を後ろから抱きしめた。

 尚子を挟み込むようにして抱きしめ合う三人。


「……中山さん、いいですこと。ひとは誰しもそういう偏見や差別の心を持っているのです。それは決してそのひとが悪人ということではありませんわ」

「……アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見・思い込み)なんて言葉もあるけどよ、俺はそれそのものがいけないとは思ってねぇ」

「……私もそう思いますわ」

「……問題はそれに気付こうとしないこと、そして『差別だ』『偏見だ』と相手を吊るし上げることだと俺は思う」

「……偏見や思い込みに気付くこと、お互いに理解を深めること、そしてゆるすこと。わたくしはそれが大切だと思いますわ」

「……中山は気付いてくれたじゃねぇか。オレと多喜子が思ってたようなヤツじゃないって。中山は理解してくれたじゃねぇか。オレと多喜子が中山を傷付けるかもしれないという気持ちを抱えていたことを。中山はゆるしてくれたじゃねぇか。気遣ってくれてありがとうって」

「……わたくしや幸浩が中山さんを傷付けることがあったら、我慢しないで言ってくださいまし。そうでなければ、気付けませんし、理解も深められませんわ。そうでないと、中山さんもわたくしたちをゆるせないでしょう」

「……中山、きっとオレも多喜子も中山の本当の気持ちは理解できないと思う。でも、オレら理解するように頑張るから。だからさ、そんな偏見はお互い様なんだよ。清廉潔白な心を持つヤツなんざどこにもいやしねぇんだ。そんな偏見や誤解を一個ずつ潰していこうぜ」

「……それが友だちというものですわ」


 多喜子からの『友だち』という言葉に、尚子は涙を流しながら、しがみつくように多喜子を抱きしめた。多喜子と幸浩も、それに返答するように尚子を強く抱きしめた。

 よどんだ心に積もっていたおりがゆっくりと溶けていく。尚子は初めて感じる自分の心のそんな心地良い感触に、ただただ安堵し、涙を零しながらも優しく微笑んでいる。

 ウォークインクローゼットの中のたくさんのウィッグは、劣情無く抱きしめ合う三人の中学生を優しく見守っていた。

 


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