第3話 母の遺品
――放課後
「ここだ」
『中山(
帰り際、突然そんな言葉を幸浩にかけられて驚いたが、多喜子の自宅に連れて行きたいとのことだった。多喜子の希望らしい。尚子はそれを了承し、幸浩とふたりで多喜子の自宅に訪れたのだ。
ぴんぽ~ん
<はーい>
インターフォンから多喜子の声が聞こえた。
「オレ、オレ。中山、連れてきたぞ」
<オレオレ? あらやだ、詐欺ですか?>
「い・い・か・ら・カ・ギ・あ・け・ろ」
<冗談が通じませんわね……開けましたわ。どうぞ>
カチャリ
ロックが解除されて玄関の扉を開く。
「わぁー…………」
玄関からしてお金持ち然としていて、外観通りとても広くて綺麗だ。やがて家の奥からパタパタと
「ようこそ、我が家へ! 中山さんを大歓迎いたしますわ!」
尚子に向かって両腕を広げる多喜子。
「そこの金髪、ご苦労様。もう帰っていいですわ」
「シバくぞ、お前」
幸浩の様子に多喜子はケラケラ笑っている。
「……実はコイツと幼馴染みなんだよ」
苦笑いでぼそりと呟く幸浩。
「腐れ縁ですわね、ふふふっ。さぁさ、おふたりとも上がってくださいな」
尚子と幸浩は家へ上がらせてもらい、多喜子の案内で家の奥へと進んでいく。
「今日は中山さんに見てもらいたいモノがあって、わざわざご足労いただきましたの」
そんな言葉と共に、廊下の一番奥にあった扉の前で立ち止まる多喜子。
自分に見てもらいたいモノとは何なのか、尚子には思い当たる節がまったくなかった。
そして、尚子にどこか申し訳無さそうな多喜子。
「……正直申しまして、余計なお世話かもしれませんし、中山さんを深く傷付けるかもしれませんわ……でも、これだけは信じてくださいませ。私も、幸浩も、決してそんな気持ちはないということを」
家庭科実習の時のふたりの行動や発言を見れば、そんなことは分かりきっていることだった。尚子は微笑みながら頷いた。
「……では、中へどうぞ」
ガチャリ
(!)
尚子は驚く。
扉の向こうは広いウォークインクローゼット。そこに並んでいたのは、たくさんのウィッグ(かつら)だった。
「お母様のウィッグですの……」
多喜子は寂しげにそう言うと、そのままうなだれてしまう。
「癌だったんだよ、多喜子のお母さん」
多喜子の言葉を受け継ぐように幸浩が話し始めた。
「強力な抗癌剤の治療は本当に辛かったと思う。オレも何度かお見舞いにいったけどさ、いつしか髪の毛も、眉毛も、全部抜け落ちてた……」
ふたりを見つめる尚子。
「多喜子のお母さん、オシャレ好きでさ。少しでも心を強く持ってほしくて、多喜子のお父さんはこのウィッグとか、あとネイルなんかも手配してさ。『色々な髪型を試せるから楽しいわ』なんて言って、すごく喜んでたのをオレも覚えてるよ。でも……」
「……お母様、本当に頑張りましたわ……」
「でも、三年前……天国へ旅立っていった……」
多喜子はポロリと涙を零した。それでも気丈に顔を上げる。
「お母様が亡くなって、このウィッグも捨てるつもりでした……でも、夢を見ましたの」
「夢……?」
頷く多喜子。
「お母様が出てきて、『また使う機会があるかもしれない。必要なひとに使ってもらってほしい。でも、無理に使わせてはダメ。使わないようであれば、捨ててほしい』って……父にこの夢の話をしたら、驚くことに父もまったく同じ夢を見ていましたの。だから、ずっと保管しておいたのです……」
「そんなことが……」
「お父様に中山さんの話をしたら、『きっと今がその時だ。一度見てもらったらどうだ』と……でも……」
多喜子は申し訳無さ気な視線を尚子へ向けた。
「……でも、それによって中山さんを深く傷付けるようなことになったらどうしようと……幸浩に随分相談していて……」
尚子が幸浩へ目を向けると、優しい眼差しで多喜子を見ていた。
「コイツさ、色々と誤解されやすいけど、すげぇ優しくてさ。毎朝中山んところに挨拶に来てたろ。あれって、このことを話そうとしてたんだよ。『今日も言えなかった』って、毎日オレんところにチャットしてきてさ」
「ゆ、幸浩!」
「『私がこんなだから、仲良くしてもらえない』って、泣いてた時もあったよな」
「よ、余計なことは言うものではありませんわ!」
事情をすべて理解した尚子。
「佐藤(多喜子)さん、お気遣いいただいて本当にありがとうございます。私の自尊心を傷付けるのではないかと、そんなところまで気を使っていただいて……こちらのウィッグ、ぜひ使わせていただきたいです」
「まぁ! 嬉しいですわ!」
尚子の言葉に大喜びする多喜子。
それとは逆に、神妙な表情を浮かべる尚子。
「……そして、ごめんなさい……」
多喜子と幸浩に、突然深々と頭を下げた尚子。
「な、中山さん、どうなさったんですの!?」
「どうした、中山?」
尚子は自分の正直な思いを話し始める。
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