第2話 甘くて苦い調理実習

 ――家庭科室 調理実習の時間


 家庭科室から漂ってくる甘い香り。この日は、女子からの強い要望により、実習のお題はお菓子。クッキーを焼くことになったのだ。製菓の基本は材料の計量。みんな同じ出来になるので、家庭科の先生からは「ちょい足し」もお題のひとつとして提示された。

 砂糖多めの激アマクッキーや、鰹出汁を加えた和風クッキー、チョコスプレーをまぶしたカラフルなクッキーと、生徒たちはそれぞれオリジナリティ溢れるクッキーを焼き上げた。


 そして、今は実食の時間。

 尚子なおこは、ひとりぼっちだった。

 それぞれ他の人のクッキーを食べて感想を言い合うことになり、皆立食パーティのようにして、楽しげにクラスメイトたちのクッキーを食べている。しかし、尚子だけはひとりで席に座っていた。


「……だれか中山(尚子)のクッキー食べに行けよ」

「……やだよ、まだらハゲが伝染ったらどうすんだよ」

「……私だって嫌よ」

「……じゃんけんで負けたヤツが罰ゲームで」

「……罰ゲーム扱いって、超笑える」


 クラスメイトのあざけりの声が聞こえる。尚子はうなだれた。無視してくれていればいいのに、何でわざわざ笑いものにするのか、尚子は悔しかった。膝の上で握った手にぎゅっと力が入る。


 うなだれた尚子の視界に女子のスカートがスッと入った。顔を上げる尚子。そこには自分の焼いたクッキーに手を伸ばすお嬢様の多喜子たきこがいた。


「あ~ら、中山さん。パインのドライフルーツを細かく刻んでクッキーに入れるなんて、中々やりますわね。お~っほっほっほっほっほ」


 そして


「台湾とか東南アジアのパイナップルケーキから発想を得た感じか。おぅ、中々美味ぇな」


 金髪男子の幸浩ゆきひろも尚子のクッキーに手を伸ばした。

 唖然とする尚子に、多喜子はにっこり笑って自分の焼いたクッキーを乗せた皿を差し出した。


「わたくしのはチョコチップ入りで大人味ですのよ! さぁ、召し上がってくださいませ」

「……これ焦げてねぇか?」

「こ、これはわざと焦がしたんですのよ! この焦げ目の苦みが大人味を演出して、甘いカフェオレとぴったりですのよ! これはもぉ~間違いなくバズりますわ!」

「嘘つけ。焼くのを失敗しただけだろうが」

「あら、バレました? お~っほっほっほっほっほ」


 ふたりの楽しげなやり取りを見ながら、多喜子のクッキーに手を伸ばし、口に運ぶ尚子。クッキーの生地の焦げとチョコチップのほろ苦さが口の中に広がった。


「……すごく美味しいです」


 尚子の言葉に、多喜子の顔から喜びの表情が溢れる。


「そうでしょう、そうでしょう! 中山さんは味の分かるお方ですわ! お~っほっほっ……」


 尚子は泣いていた。声を上げず、身体を震わせながら。

 多喜子は一瞬困ったような表情を見せ、そして優しく微笑みながら尚子を抱きしめた。


 幸浩は、クラスメイトたちからふたりを隠すように立ちはだかった。


「お前らよぉ、中学生にもなって言って良いことと悪いことの区別もつかねぇの? 自分じゃどうにもならねぇことで苦しんでいる女子へ、追い打ちをかけるように石を投げつけるのがそんなに楽しいか? 死ぬほどダセェんだけど」


 幸浩のその一言に、クラスメイトたちは視線を落とした。


「自分のやったこと、言ったことが本当に正しいことなのか。一度自分の心に聞いてみろ」


 何も言い返せないクラスメイトたち。クッキーの甘い匂いが漂っている家庭科室の中は、苦み走った静寂の空気が満ちていた。



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