あの夏と、今と。
豆ははこ
置いてきたものと、これからと。
「これ、もらっていっていい?」
「いいわよ。そもそもそれ、もともとあんたのでしょう」
勤め先で家族持ちを優先させて希望なしにしていたら何だかやたらと感謝されて、早めにもらった七月の夏休み。
暑さと、突然の長めの休み。
あまりに暇すぎたので、帰省をした。
そんな中で実家の断捨離に付き合っていたら、一枚の写真を見つけたのだった。
それは、小学校の臨海学校で撮ってもらった写真。
実家は、山と田んぼのそば。いわゆる海なし県。
だから、六年生のときの臨海学校はものすごく盛り上がった。
デジカメやスマホはダメだけれど、使い捨てカメラなら一人一台可。そう言われて、喜んで皆で撮ったり撮られたり。
その中の、一枚。
学級委員同士だったあの子の隣に並べたのは、この写真だけだったな。
学級委員二人で撮ってあげるよと言ってくれた担任の先生。
実は、感謝していたんだ。
「ありがとね。ごみはあとで集積所に捨てに行くから、今日はもう手伝いはいいわよ。適当にしてて。晩はお寿司取るからね」
「やった」
懐かしい、お寿司屋さんの出前。
誕生日と、何故かクリスマスとか。
「まだあそこ、営業してたんだ」
「失礼ね。まあ、確かにここはあんたの会社があるところよりは田舎だけどね。割と繁盛してるのよ。そうだ……あら」
失礼……? そういう意味じゃなかったんだけどな。
そう言おうとしたら、実家ではまだまだ現役の家電が鳴った。
「ちょっと出てくるね」
家電のときはよそ行きの声になる母親の技は、どこの家庭でもそうなのだろうか。
そんなふうに考えながら、常に玄関に置いてある麦わら帽子をかぶる。
スマホもあるし、小銭もある。水分補給は大丈夫だろう。
外に出る。
自分の影が、濃い。
田んぼの苗の青さ。
蝉の声。
気温じたいはあまり変わらないのに、一人暮らしのマンションよりも涼しく感じる風。
「
少し歩いて、電柱に貼られた中古マンションの値段に驚く。
駅までは遠いけれど、コンビニとスーパーもあるし、タクシーも呼べば来てくれる。
父もまだ、定年前。
母も、元気。
それでも、近くで働けたら安心だろうな。
実家の近くに住みながらの在宅ワークに勤務形態を変更した人、会社の先輩にもいたっけ。
「なんとかなるのがすごいよね」
半年ぶりに会ったときに、先輩、なんだかスッキリとした表情だった。
「仕事、やめなくてもよかったから、決断できたよ。一緒に住まなくても、親にもしものことがあったときに、すぐ行けるのっていいんだよね」
もしも。
そんなふうに考えられるのは。
親が元気だからこそ、なのかも知れないな。
自販機を見かけたので、冷えたミルクティーのペットボトルを買った。
電子マネーは、使えなかった。
「ただいま」
「あ、お帰り……あら、買い物してきてくれたの?」
「明日の朝のパンとかだけどね」
「十分。ありがとね。レシート出してね。お金あげるから」
「大丈夫だよ」
「断捨離も手伝ってくれたんだから。お小遣いよ」
お小遣い。
高校生のときのコンビニ代みたいだな。
レシートと引き換えに、清算。
推しのグッズ代を混ぜたときは、笑って半分だけ出してくれたっけ。
ありがとう、と言おうとしたら。
バイクの音がして、家の前にとまった。
「毎度ありがとうございます……あれ?」
「おつかれさま。そうよ、ほら。あんたに昼間、言おうとしたのよ」
「跡、継いだんだ……」
「そう。まだ全部任せてもらえてるわけじゃないけどね。早いけど、夏休みなの? 確かすごい有名なとこ、就職したんだよね。そうそう、男子の中で一番頭がよくて、一番しゃべりやすかったもんね」
「……そうなの?」
そうだったんだ。
あの夏に置いてきた写真。
あのあとは二人で並ぶこともなかった女の子と、こんなふうに話せてるなんて。
「そうそう、この子ね、あなたと一緒に写った写真、ちょうだいって言ってたのよ!」
「……何言ってんだよ、そんなこと言われたら迷惑だろう!」
母さん、なんてことを。
わざわざあの写真、持ってくるなんて!
「これ、あたしもまだ持ってるよ。懐かしいな」
意外なことを言われた。
そうだ。俺のカメラだけじゃなくて、彼女の使い捨てカメラでも、担任の先生は撮っていたんだ。
「そうそう、この間ランチタイムにお店に行ったらね。あなたのお父さんに、見合いとかさせてやったほうがいいのかねえ、って言われたのよ。だから、自分で選ぶでしょうって言ったのよ。お母さんもそうそう、って言ってたわ。別に寿司職人さんじゃなくても、会社員さんとか、主夫さんでも、ですってよ」
「いきなり何を……」
「……会社員さん?」
「ね。おすすめよ。はい、お代」
「毎度! あ、ランチタイムはあたしも握ることあるからね!」
「あ、うん」
夏に置いてきたはずの写真に写った人。
何も聞けなかったけれど、でも。
置いてきたと、思っていたのに。
とりあえず、あのお寿司屋さんの寿司を頂こう。
そして、今晩にでも。
先輩に在宅勤務のノウハウを教えてもらおう。
俺は、そう思った。
あの夏と、今と。 豆ははこ @mahako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます