別視点の真相B
二川龍太は、レンタカーで崖沿いの道路を走っていた。カーブに差し掛かり、スピードを落とすことなく、ハンドルをぐるぐると回す。
あの日、俺が電話していた相手は桜田花子だった。しかし、刑事の話では桜田花子は死んでいたという。
「エッチな幽霊なら、大歓迎なんだがな」
再びカーブを曲がるためハンドルを切る。タイヤが甲高い悲鳴をあげた。
桜田と付き合っていたのは高二の冬からだ。佐藤とは別クラスになっていたから、あいつが知らないのも無理はない。桜田が妊娠を告げてきたのは、たしか高三の春頃だった。
二川は桜田に子供を堕ろすよう伝えたが、彼女は首を縦にも横にも振らなかった。
仕方がないので二川は、取り巻きの女子のトップを唆した。
「本当はお前と付き合いたいが、今の彼女のお腹には赤ちゃんがいて、付き合えない。どうにか堕ろすことを説得してくれないか?」
想定通り、彼女たちは桜田に対し虐めを始めた。取り巻きの一人が、桜田の腹を蹴ったのか功を奏したのか、彼女の腹から赤ん坊が産まれることはなかった。
事件の日、十九時頃、桜田花子のスマホから電話がかかってきた。
『二川龍太、高三の春、お前が私にしたことを覚えているか?』
何のことか、すぐに思い当たった。二川はあのときと同じように、自分にかかる火の粉を振り払うことにした。
『まず車の鍵のナンバーを教えろ。それから、その鍵をエレベータに置け。そこまでできたら、次の合図まで待っていろ』
「分かった」
エレベータが二十階から一階へ直で行けば、二十階にいる人間が怪しくなる。回避するためには、エレベータを屋上に持っていけばいい。
だが──二川は命令を無視し、エレベータに車の鍵を持って乗り屋上へ向かった。
屋上に着くと二川は、エレベータに鍵を置いた。エレベータが一階へ向かっていく。
ここなら、敵が車を使う様子を観察することができる。
『屋上に向かえ。エレベータにマネキンを乗せてあるから、そのマネキンを裸にして屋上から落とせ。以上だ。これでお前は解放される』
二川は笑いを堪える。──すでに俺は、屋上にいるのだ。
下矢印のボタンを押してエレベータを呼ぶ。電話相手の望み通り、屋上からマネキンを落としてやろう。だが落とすのは近くにあったマネキンだ。
計画が予定通りに進んでいるとき、人間は油断する。敵が姿を表すのはそのときだ。
狙いを定めるため、スマホカメラのズーム機能を使う。エントランスホールの光がビル前の道路を照らしていた。
白い小型車がビルの入口に停まった。車の屋根で伸びている死体を見て、敵の目的が、二川に殺人の濡れ衣を着せることだと理解した。
スマホは、運転席から出てくる敵の姿をしっかりと捉えていた。
二川は人影を狙った。殺意を持ってマネキンを落とした。
狙いは外れ、マネキンは車の屋根に落ちた。セーラー服の少女が怯えた足取りで逃げていく。
しばらくして、エレベータがマネキンを運んできた。二川はマネキンを裸にして、元々、落としたマネキンがあった場所に立てかけた。
──指紋は消さないとな。
下矢印のボタンをハンカチで拭った。
マネキンから脱がした服とキャリーケースにも、二川の指紋が付いている。キャリーケースはともかく、布についた指紋は取りにくい。二川は二十階に降りる途中で、それらを在庫処分部屋に突っ込んだ。二十階に着くと、ボタンを全て拭ってエレベータを出た。
十九時──敵が二川に電話する。
十九時八分──二川、車の鍵を持って屋上へ。
十九時十六分──エレベータが車の鍵を乗せて一階へ(一往復目)。一階で敵がショーウインドウのマネキンをエレベータに乗せる。
十九時二十一分──敵は車を運転し、死体をビル前に運んでくる。二川は敵を狙ってマネキンを落とす。
十九時二十四分──敵のマネキンがエレベータで屋上まで運ばれてくる。
十九時二十八分──二川、二十階のオフィスに戻る。
十九時三十二分──エレベータが一階に戻る。(二往復目)
敵は、自分がエレベータに乗せたマネキンがビルから落ちてくるのを心待ちにしていたに違いない。エレベータが屋上に到達する八分間……敵は、八分経たずにマネキンが落ちたことに驚き、そして殺意を感じたはずだ。
人を脅かす者は、脅かされて当然だ。二川は、自分を陥れる誰かを殺すことを
人形は殺人のために落とされた──
自分に害を為すものは、全て排除する。二川にとってそれは、腕に止まった蚊を潰すことと変わらない。
取り敢えず、同窓会で再開した女の子に匿ってもらおう。その後、俺を陥れようとしたあいつを殺せばいい。
サイレンの音が聞こえた。パトカーが追ってきている。二川はアクセルを踏み込み、車を加速させた。
「あっ」
レンタカーはガードレールを踏み倒し、逆さまに崖を落ちていった。
人形はなぜ落とされる 有明 十 @demiars
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