13. 限りなくにぎやかな未来

『ほら見てごらん、綺麗だよ』


 シアンが腕を引っ張り、無重力の中クルリと上を向かされた。


 目の前に広がったのは、想像を超える光景――――。


 巨大な碧の惑星が、まるで宇宙を支配するかのように威厳を持って佇んでいたのだ。


『おほぉ……』


 満点の星々の中に浮かぶ碧い宝石。その惑星は、まるで天空の女神が落とした涙のように、壮大な銀河の絨毯の上でひっそりと輝いていた。その神秘的な光は、宇宙の秘密を知るもののみに許された、静謐なる美しさを放っている。


『これが海王星。君たちの地球はここで創られているのさ』


『はわぁぁ……』


 全く言葉が出てこない。


 すると、突如として、遠方に一筋の光芒が走った。


『……、え?』


 それは瞬く間に膨らみ、宝石の如く七色に輝きながら、猛烈な勢いで迫ってくる。その姿は、まるで異世界からの使者のように神秘的で、息を呑むほどの美しさだった。


『あ、あれは……?』


 その圧倒的な存在感に気おされながら聞いた。


『キミの職場だよ。きゃははは!』


 シアンは楽しそうに笑う。


『しょ、職場ぁ!?』


 それは大都市くらいのサイズはあろうかという、煌めく巨大なクリスタルだった。


『この世界を創った女神の神殿さ』


『し、神殿……』


 そのあまりにも破格なスケールの構造物に思わずため息が出る。


 それは神殿と呼ぶにふさわしい荘厳さを湛え、その大きさは数十キロにも及んでいた。六角形の柱を基本とした幾何学的な形状が織りなす複雑な造形は、まるで光そのものを編み上げたかのよう。その表面で星々の光が乱反射し、虹色の輝きを放っている。


『ここが、私たちの本拠地だゾ』


 シアンはドヤ顔で美咲を見る。


 なるほど、地球を創り、運営するということはこういうことなのだ。


 これからここで働くことになるらしい。いつまでも田舎の店員のつもりでいたら取り残されてしまう。いきなりの環境の変化に思わずブルっと震えてしまう。


『さぁ、職場を案内するゾ!』


 シアンは腕をグイッと引っ張ると、そのままツーっと飛んで神殿へと突っ込んでいく。


『えっ……?』


『はーじめてーの職場~♪ 楽しい楽しいお仕事~♪』


 超高速で突っ込んでくる巨大な神殿に向かって、調子っぱずれの歌を歌いながら気持ちよさそうに飛ぶシアン。


『ぶつかる! ぶつかりますって!』


『だーいじょうぶだってぇ。きゃははは!』


 楽しそうに笑いながらシアンはさらに速度を上げていく。


『うひぃぃぃ!』


 見る見るうちに視界を覆いつくす巨大な神殿。


 ぶつかる! と思った瞬間だった――――。


 急に明るくなると重力が戻ってくる。


 おわぁっ!


 思わずバランスを崩してしりもちをついてしまった。


『あいたたたた……。……。えっ……?』


 そこはふかふかの芝生。周りを見回せば巨木が生い茂る静謐な森が佇んでいた。


 そして、上空を見上げて思わず目を見開いた。


 はぁっ!?


 なんと空にはまるで鏡写しのように、もう一つの森が空を埋め尽くしていたのだ。


「な、なにこれ……?」


「くふふふ……。神殿は言わばスペースコロニーなんだよ」


 シアンは自分の驚く姿を見て楽しそうに笑う。


 なるほど、クリスタルでできた円筒状の構造体の内側に張り付くように森が作られているのだ。ところどころに立派な建物が建てられており、奥の方にはパルテノン神殿のような立派な大理石造りの柱も並んでいる。


「いいところだろ? キミのオフィスはこっちだよ」


 シアンはそう言って手を引いた。


 森の巨木の間を縫うように歩を進めると、遥か上空へと伸びる尖塔が目に飛び込んでくる。それは、想像を超える木造の高層ビルだった。木とガラスで編み上げられた六角錐の巨塔が聳え立ち、その姿はまるで森の精霊が具現化したかのよう。ガラスの壁面から漏れる温かな光は、中で働く人々の生き生きとした姿を映し出し、自然と人工の完璧な融合を体現していた。


「す、すごい……。まさかここが……私のオフィス?」


「気に入った? いい仕事はいいオフィスからってね」


 そう言うとシアンは手を引いたままトンっと跳びあがり、ツーっと六階のテラスまで飛んで行った。


「う、うわぁぁぁ」


 いきなり跳びあがられると心臓に悪い。ただ、確かにエレベーターに乗るよりは合理的なのかもしれない。


 テラスから周りを見ればこのスペースコロニーの様子がよく見える。それは原生林のような豊かな森と近未来建築の調和の図られた理想の街だった。



       ◇



 オフィスの中に入るとさわやかな木の匂いが漂ってくる。最高級の木材と、宇宙の技術が融合するトポロジー最適化された未来建築は、まるで生き物のようだった。


 見回せばまるで外資系コンサルのようなゆったりとした居心地の良いオフィスが広がっている。


 スタッフたちに声をかけ、簡単な自己紹介の後、席に案内された。高級木材のすべすべとした手触りのテーブルに宙に浮いている椅子がセットされている。テーブルの上には大画面が浮かびあがり、自動的に美咲を認識しているようでイニシャライズ処理の表示がてきぱきと進んでいた。


「キミの席はここ。仕事内容はAI君が教えてくれるから仲良くしてね」


 シアンがそう言うと、ヴゥンという音と共にラテン系のイケメンの3Dホログラムが浮かび上がる。


『わたくしと一緒にお仕事をがんばりましょう』


 イケメンはそう言ってさわやかな笑顔を浮かべた。


「よ、よろしくお願いします……」


 イケメンに慣れない自分はつい目をそらし、そのまま頭を下げた。


 その後、イケメンから仕事の概要、進め方をききながら手順を覚えていく。内容そのものは単純で、AIからの提案について意見を出し、分からないことは聞き、最終的に地球に住む人たちが元気に生き生きとできるようにすることだった。


 自分は特にバグに起因する認知症などの問題に取り組むことになる。自分の仕事によって救われる人はたくさんいるだろう。その責任の重大さに身が引き締まる思いである。



       ◇



 仕事の進め方を一通り理解できてきた頃、シアンが歓迎会の知らせを持ってきた。場所は、なんと東京・恵比寿の焼き肉店。


「あそこのお肉が一番美味しいんだよね。くふふふ……」


 シアンは目を輝かせながら言った。


 私が祖母のことを心配すると、「おばあちゃんも呼んじゃって」と、シアンは軽やかに答えた。



        ◇



 恵比寿のオシャレな焼き肉店。高級和牛の香ばしい匂いが店内に漂っている。最初は緊張気味だった祖母も、ビールが進むにつれて徐々にリラックスし、シアンと楽しそうに会話を弾ませていた。


「美咲ちゃん、いい職場じゃないか! 良かったな」


 祖母が嬉しそうに言う。彼女は私の仕事の詳細は知らないものの、メンバーたちの人柄に惹かれたようだ。


 祖母の言葉に、胸が熱くなる。地球と宇宙、過去と未来、家族と新しい仲間。すべてが今ここに不思議なバランスで調和している気がしたのだ。


 まさに新たな人生の始まりを強く実感した。


「なぁ、この娘に合ういい男はおらんかの?」


 祖母はジョッキを傾けながらシアンに聞いた。


「ちょっ! おばあちゃん! 何言うのよ!」


 思わずビールを吹き出しそうになりながら、祖母の腕をパシパシと叩く。


「いい男? たーくさんいるよ! くふふふ……」


 シアンは新しいおもちゃを見つけた子供みたいな瞳で美咲を見る。


「シアンさんも本気にしなくていいですからね!」


「何言っとるん! 美咲ちゃんも来月には三十の大台に乗ってしまうのよ? ダメよ! ひ孫の顔も見せて」


 酔っぱらって真っ赤になった祖母は口をとがらせる。


「ひ、ひ孫だなんて……、そんな……」


「いい人だったら嬉しいでしょ?」


 シアンはニヤニヤしながら言う。


「そ、そりゃぁ……。そうですけど……」


「よーし! 候補者は一兆人いるからねっ! 期待しててよ?」


「い、一兆人!?」


「そうだよ? きゃははは! 一兆人にカンパーイ!」


 シアンはガバっと立ち上がるとジョッキを掲げた。


「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」


 みんな楽しそうにジョッキを合わせていった。


 なんかもういろいろと圧倒されっぱなしだったが、人生の大いなる転機を感じる。


 東京から逃げ帰り、祖母の認知症に困らされ、行き詰まっていた人生が今大きく花開こうとしていた。


 これからの日々は、きっと驚きと発見に満ちているに違いない。この不思議な仕事を通じて、もっと多くの人々を幸せにできるし、それを通じて自分も幸せに慣れそうな予感がした。


 窓の外に広がる東京の夜景を見つめながら、私はつぶやいた。


「限りなくにぎやかな未来が始まる……」


「ほらそこ! 何を黄昏たそがれてんの!? カンパーイ!!」


 シアンがジョッキをぶつけてくる。


「うわぁ! もう!」


「ほら、美咲ちゃん乾杯じゃ!」


 祖母は嬉しそうにニッコリと笑いながらジョッキを差し出した。


 思えばこれは祖母の快復記念パーティーでもあったのだ。一緒に世界樹の世界を旅してたどり着いた新しい人生――――。


 思わず涙がこみあげてくる。


「おばあちゃん長生きしてね! カンパーイ!」


 心を込めてジョッキをぶつけた。


「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」


 スタッフたちも祝福し、どんどんジョッキをぶつけてくる。


「今日はたくさん飲むわよー!」


 すっかり気分良くなってしまってジョッキを高く掲げてしまう。こんな気分はいつぶりだろうか?


 その晩は夜遅くまでにぎやかな笑い声が響いていた。


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星降る記憶の迷宮 ~認知症が開く世界の扉/祖母と孫娘の奇跡の冒険~ 月城 友麻 (deep child) @DeepChild

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