第1話・母の秘密③

 コースケを送って行く途中でガソリンスタンドに寄り、ニーナは渋々ショウにガソリンを奢った。といっても、彼が所有する軽自動車、MH21S型のターボ付きワゴンRのガソリンタンクを満タンにするには、5千円も掛からなかったのだが。


 彼の住む集合住宅の駐車場に止め、コースケは後部座席から降りる。運転席のショウにぺこりと挨拶すると、すでに部屋の明かりで世闇に浮かび上がるマンションの方へランドセルを揺らしてかけて行った。


 車内のオーディオシステムに表示された時計を見るに、時刻はすでに八時過ぎ。


「ご飯でも食べに行こうか」


 ニーナが助手席のリクライニングを倒し、頭の後ろで手を組んで言う。


「奢りですか?」

「……あぁ、そうだよ」

「えっ?」

「え、ってなんだ。えっ、て」

「そんなお金あるんですか?」

「無かったら言ってない。失礼なこと言うならなしだぞ」

「失礼しました」

「よろしい」


 ニーナが満足そうに返す。ショウは車を発進させ、集合住宅を離れて大きな道へ出た。流れに乗ってワゴンRを流し、一番初めに見えて来たファミリーレストランへ入る。


 家族連れはもう帰る時間だったのか、店内は比較的空いていた。テーブル席に案内され、二人は顔を突き合わせるように座る。それぞれ別の料理を注文し、ショウが運ばれてきたピッチャーからグラスに水を注いだ。


「しかし、浮かない顔だな」


 ショウから差し出されるグラスを受け取りながら、ニーナは言う。


「えっ?」

「自分で気づいていない辺り、相当だ」

「……」


 ニーナから目を逸らしながら、ショウは小さく喉を鳴らす。


「気になるか? 彼の事が」

「……まぁ」

「らしくないな、情に流されるなんて」

「別にそんなんじゃない」

「そうか? 君は親御さん関連の話になると、すぐにそうなる」

 

 ニーナはグラスを掴み上げて言う。


「君には居ないからか?」

「まるでデリカシーの無い発言ですね」

「不快にさせる意図はないよ」

「だとしても、人間の間には言うべきじゃない事が幾つもあるんです」

「分かってるさ。少なくとも君よりは、な」


 そう言いながら、ニーナはグラスを傾けて水を一口喉に流し込む。ショウは一つ小さなため息をつき、言った。


「まぁ、はっきり言って図星です」

「だと思ったさ」

「気づいてましたか? あの子、母親の話をするとき、とても寂しそうな表情をしていたのを」

「何年この仕事をやっていると思っている? もちろん気づいていたさ。それに、子供の表情はとても分かりやすいからな」

「だからこそ……なんていうのか……」


 ショウは机の上に肘をつき、顎を掌の上に乗せる。


「証明したいんです。そうじゃない事を」


 ニーナの眉が上がる。


「そうじゃない事?」

「あの子が恐れているのは、母親が自分を置いてどこかへ行ってしまう事だと思うんです。だけど、あの子の母親はそんな事をする人じゃない」

「ほう? 顔も知らない人間を随分と評価するんだな」


 ニーナが言うと、ショウは口角を上げ、鼻を鳴らした。


「あの子のランドセルの側面に付いていたキーホルダー、見ました?」

「あぁ、あれ」

 

 コースケの黒いランドセルの右側にぶら下がっていた、黄色のお守りの事だ。


「あれは、恐らく母親の手作りです」

「ほう、どうしてそう思う?」

「縫い合わせ面がガタガタで、上手い裁縫とは言えません。もし市販品を買って、あれが包装紙の中から出てきたら、僕は返金を要求します」

「辛辣だな。だが、私もそうしただろう」

「一人で小学校に通うあの子のために母親が下手糞な裁縫で作ったお守り、そしてそれを大事に持つ男の子」

「美しい光景だな」

「だからこそ、そこに何も嘘がない事を証明したい」


 そう言いながら、真っすぐな眼差しを向けるショウに対し、ニーナは呆れたように息をついて言った。


「ロマンチストだな、君は」


 そして、どこか満足げに口角を上げ、言う。


「だが、それも悪くない」


 丁度その時、お互いが注文した料理が運ばれてくる。鉄板の上で飛沫と香ばしい音を奏でるステーキとハンバーグを前にして、ニーナが言った。


「食べ終わったら、もう一度マンションに戻ってみるか」

「いいんですか?」

「よくはないさ。ただ働きでしかないからな」


 そう言いながらフォークとナイフでステーキを一口大に切り、ニーナはそれを口に放り込む。


「うちが貧乏なワケだよ」


 かったるそうに、そしてどこか誇らしげに、彼女は呟いた。


 




   

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便利屋ドラキュリーナは少年と共に 車田 豪 @omoti2934

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