僕と夏のオートバイ
中里朔
法令順守でお願いします
18歳の初夏。僕はオートバイを買った。それまで自転車しか移動手段がなかったので、行動範囲は飛躍的に向上した。
真っ先に行きたかったのは海。家から20㎞ほどの距離に
ちょうど緑色のレトロな車体をした江ノ電が通過するところだった。電車が優先なので、僕はオートバイを端へ寄せた。
通常は2両編成なのだが、混雑する時間帯や観光客が多い時期には、最大4両編成になる。目の前を通過する江ノ電も4両編成だった。
江ノ電を見送り、300mも進まないうちに海が見えた。やはり海は青い空に映える。そしてすぐ右手には江ノ島が見えている。島の頂上にシーキャンドルと呼ばれる展望台兼灯台があり、ケーキに刺さったロウソクのようにも見える。江の島大橋を渡って到着。ツーリングというにはあまりにも呆気ない初走行だった。
それからというもの、僕はどこへ行くにもオートバイに乗って出掛けて行った。祖母のお墓参りにまでオートバイで行って、親戚を呆れさせたほどだ。
ほどなくして、親しくしていた友達もオートバイを買った。仲間が増えればツーリングに行こう、なんて話も出る。
「
ワインディングロードをオートバイで走るのも楽しいものだ。しかし、季節的に渋滞も多い場所であり、エアコンのないオートバイにとって、夏の渋滞ほど体力を奪うものはない。
「早朝なら暑くないし、道路も空いている」
返事を渋っていたのに、このひと言に乗ってしまった。ただ、早朝に箱根を走るということは、深夜に家を出なければならない。夜道はまだ慣れていなかった。
一抹の不安を抱えながらも、友達との合流地点である
ちょっとだけ右手のアクセルを捻った。高回転のエキゾーストノートが静かな街に響く。生ぬるい風がヘルメットを後方へと押し付けてくる。身を低くして、ただただ耐えながらアクセルを捻り続けた。
前を走っていた友達のオートバイのウィンカーが左へ点滅する。
西湘バイパスを使うツーリングライダーは、なぜか国府津のパーキングへ寄るのがマストとなっている。今は深夜なので、もちろん店は開いていない。トイレ休憩だろう。
「ここからどう行く?」
ルートは友達に任せている。彼は車で何度か箱根に来ているので、芦ノ湖周辺の地理に詳しい。
「ターンパイクで一気に登って、芦ノ湖スカイラインへ行こうか。深夜なら料金所は無人だから」
走り放題ってことか。それは面白そうだ。
ターンパイクの終点、
「やっぱ、この時間帯はいいな」
「だろ? また来ようぜ」
帰りはターンパイクを使わず、
「なぁ、大観山で写真撮ったろ?」
友達が、あの日にスマホで撮った写真を見せてきた。
「ああ、真っ暗でなにも写らなかったか?」
深夜の山の頂上だ。街灯もなく、ヘッドライト以外の灯りはどこにもない暗闇だった。スマホのライト程度ではまともに写らなかったのだろう。
「いや、写っているよ」
こちらに向けられた画像を見る。2台のオートバイと共に、2人の自撮り顔が写っている。
よく撮れているじゃないか――。
言おうとして肝を冷やした。2人の後ろ、閉店したレストランの前に人がいた。光の反射のように白っぽく見えるが、スマホのライトはそこまで届かないはずだ。駐車場には車は1台もなかった。ましてあの時刻、レストランに人が残っているとは考えにくい。
「なんだよこれ。驚かそうと思って画像加工したんだろう?」
「そんなことしてないよ」
「嘘つくなって。それにしても後姿だけど、顔だけこっち向いているようで気味が悪いな」
「えっ、こっちを向いているって?」
友達が慌てて画像を確認する。
「最初に見た時は完全に後ろを向いていたんだぞ」
僕と夏のオートバイ 中里朔 @nakazato339
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