第1話 馬鹿な話
発端は金曜の放課後、つまりは昨日の学校からの帰り道までさかのぼる。
「最近お化けがこの辺をうろついてるって話、知ってるか。」
そんな健介の一言がはじまりだったと思う。
健介は小学校以来の友達で、今はテスト一週間前だからという事で部活もないらしく久しぶりに二人で帰っていた。
「は?お前高校生にもなってまだお化けなんて信じてんのかよ。」
たしか僕はそんな風に返したと思う。
今考えれば滑稽な話だが、その後の自分なんて想像できるわけもない。
「まあ、馬鹿な話だと言われればそれまでなんだけどな。それでも――」
とりあえず聞いてくれ、と言って健介は話し出した。
簡単に言えば、「この頃近所で不審な人影を見た人がいる」とか、「子供が行方不明になっている」とかそんな話だったと思う。
「でもそんな話本当にあったら町中で噂になるだろ。少なくとも子供が行方不明、なんてなったら流石に町中大騒ぎだぜ。」
それに、と僕は続ける。
「別に地域の掲示板で注意喚起がされてたり、行方不明の子供の顔写真が貼られているってわけでもないんだろ?」
流石にそこまでの事態になっていたら僕が知らないはずがない。
「そうなんだけどな。なんか最近まわりで妙にそんな噂が増えてきててな。」
「どうせ皆な試験前の現実逃避でそんなこと言ってるだけだろ。」
そんなに気にすることか?
と、僕は健介の浮かない顔がやけに気になってそう聞いた。
「実は、俺の家の祠が噂に出てくるんだよ。」
健介の家はこの辺一体の地主で住宅街から少し外れた山の方にあるのだが、話を聞いてみればその家の近くにある祠にまつわる話が出回ってるそうだ。
「祠の周りに不審な人影が集まっていた」とか、「祠に肝試しに行った子供が行方不明になっている」とか。
それじゃあまるで噂の中心がその祠みたいじゃないか。
なんてその時は思ったような気がする。
「じゃあ、今から行ってその噂、確かめてやろうぜ。」
「テスト勉強はどうすんだよ。」
「そんなの別に明日またやればいいさ。どうせ優等生様はもうテスト勉強なんてとっくに終わらせてんだろ。」
「俺は良くてもそれでお前は大丈夫なのかよ。」
「どうせ今帰ったってやらないんだ。いつも通り徹夜でなんとかするさ。」
まだ何か、という僕の質問に健介は苦笑いで返した。
それに満足した僕は意気揚々健介の家に向かって歩きだした。
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「健介の家なんて久しぶりだよなぁ。」
「まあ学校からも離れてるし、来たっておもしろいものなんてないからな。」
「でもでかいし、探検とか楽しかったぜ。さすがここ一体の地主の家ってね。」
「高校生にもなって家を探検ってわけにもいかないし、懐かしい話だよ。」
「そうか?今思いだしてもお前の家って広いだけじゃなくていろいろ変なものもあったりして、未だに男の心をくすぐる物も多いと思うけど。」
それを聞いて健介は
ははは、と笑った。
「よく言うよ。昔は『お化けがいた』とか言って俺に泣きついてたくせにさ。」
「そうだったか?」
健介の家は大きいだけでなく子供の好奇心をくすぐるような不思議な置物が多く、「お宝探し」といってそこら中探しまわったものだった。
「にしても、不気味なものも多かったよな。実は本当にそういうのがお化けを呼び寄せてたりしてな。」
そんな僕の冗談に、
ははは。
健介はまた少し笑った。
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「なんか小さくなったか?この家。」
僕は久しぶりに健介の家の門前に立ちそんな感想を覚えた。
「お前が大きくなったんだよ。」
それもそうか。
僕は高校生になって170cmとなって以降も、未だ順調に伸び続けている。
「でもお前は全然大きくならないよな。」
「ほんとにな。周りからは子供にみられるし、最悪だよ。」
健介は中学生から160cmでピタリと止まってしまった。
健介自身、周りか幼く見られたりすることもあって気にしているようだった。
僕がこいつに勝ってるとこなんて身長くらいのものだよなぁ。
そんなことを考え、ぼくは本題に戻った。
「それで、件の祠ってのはどこにあるんだ?」
なんて、僕は健介の方を振り返った。
しかし、残念なことにそれはかなわなかった。
別に首を痛めて回らなかったとかいうわけじゃない。
なぜなら振り返ったそこに健介はいなかのだ。
その代わりに”それ”はいた。
それは“影”と呼ぶしかないような、体中、と言っていいのか分からないが少しゆがんだ人型の真っ黒なものだった。
人型だから立っていた、と言っていいのだろうか。
でもそれは立っていたというにはあまりにも存在感があった。
さほど大きくはなかったと思う。
それこそ健介と同じくらいだった。
「いや、さすがにないって。」
なにが”ない”のかもよくわからず僕はそうつぶやいた。
すると、影は僕の声に反応したのかこっちを見た。
何故そう思うのか、なんて言われても説明はできないが僕は確かにそう思った。
そして。
目が合った。
その瞬間僕は走り出していた。
後ろなんて振り返らなかった。
息を荒げ、フォームなんて気にせず走った。
とにかく走って、走って、走って。
走った。
脇目もふらず、どころか前も、ましてや足元なんてろくに見ず走った。
だから。
ガツン。
何かにつまずいて、そのまま蹴とばして、僕も一緒に転がった。
「い、いてぇ。」
なんだこんなところに。
「なんだ僕の行く手を邪魔するのは。」
もはや走り始めた理由も忘れ、そんな事を言って蹴とばしたものに目を見やる。
それは小さな古びた祠だった。
残念なことに僕に蹴とばされてバラバラになってしまい、もはや祠だったものになってしまってはいたが。
きっと元々の大きさも大したものではなかっただろう。
サッカーボールくらいの、それこそ蹴とばすくらいにはちょうどいい大きさだっただろう祠。
古びた祠。
それを見て、走り始めた理由を思い出した。
「追ってきては、ないな。」
ぼくは地面に横たわったまま後ろにあの影がいないことを確認した。
「おい、そこで一息ついてんじゃねぇよ、俺の家をぶっ壊してくれやがって。」
頭の上からそんな声が聞こえた。
頭の上からと言っても空から、というわけではなく倒れてる僕からみて頭の方。
そこに猫が座っていた。
それが僕と化け猫との出会いだった。
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「ぐ、力が入らねぇ。」
またしてもその場からか逃げようとした僕は、今度はそれに失敗した。
先ほどまで後先考えない全力疾走をしていたせいで起き上がることすらままならなかった。きっと祠につまずくまでもなくぶっ倒れていただろう。
「ごめんなさいゆるしてくださいなんでもしますからどうかいのちだけはたすけてください。」
一息だった。
一息つくな、と言われたけれど、僕は精一杯命乞いを一息でやり切った。
もし誰かがこの光景をみれば、猫に全力で土下座ならぬ土下寝をしている不審者に映っただろう。もしかしたら噂の不審者に僕も加えられてしまったかもしれない。
「精一杯なのはいいことだけれど、それじゃあまるで投げやりだぜ。誠意零杯って感じだぜ。」
「あはは」
つまらないギャグに対しても少しでも情状酌量の余地を、と愛想笑いをする。
「まあ、いい。」
それよりも、と化け猫は続ける。
「お前、なんでもするって言ったな。」
「言いました。」
「ほんとうになんでもだな?」
「できれば痛くも、苦しくもない範囲でお願いします。」
「弱い覚悟だにゃ。」
そりゃあ覚悟なんてない。
あるのは命惜しさだけだ。
「安心しな童、別にお前に何か苦痛を与えたりしようってわけじゃあにゃい。」
「それではわたくしめは何を?」
何をやらされるのだろう。
そんな不安でいっぱいの僕に、めいっぱい下手に出る僕を見て化け猫は。
にゃはは、と笑って言った。
「俺をお前の家に連れてけ。」
白い尻尾と妖怪退治 小花し @kobanash1
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