城なりの温情

 あれから2か月。我と少女との蜜月は順調に経過していた。


「えっしょ、うんしょ」


 少女の方は、いつの間にか魔物への恐怖を打消し、我の武器庫から銃を持ってきて魔物を食らうようになっていた。

 やはり人の子の成長には目を見張るものがある。魔族ばかりと暮らしていたものだから、あまり成長もせず変わらない彼らと違い、生活の随所で変化や進化の見られる彼女を観察するのは非常に興味深い。

 いま彼女は、狩猟したフォレストウルフを解体用ナイフで捌いているところだ。

 先日は腰を抜かしていたというのに、もはや被食者から捕食者になれてしまう。これほどの成長スピード、魔王が子供を特に重点的に殺害するよう命じたのも頷ける話である。


「えーっと、ここが心臓で~」


 彼女は力が比較的強いように思う。人間であればこの魔獣を解体するには相当な腕力が必要なはずだが、彼女はするすると切って見せている。

 まぁ、その解体用ナイフがかつて魔剣と呼ばれたこともあるアーティファクトであることもまたスムーズな解体に一役買っているというのはあるが、それにしても非常に手際が良い。


「できたぁ!」

「よくやったな。では、魔導加熱炉に入れるといい」


 魔導加熱炉は我の調理場に備え付けられた魔道具の一種である。この魔道具には同時に、物体の構成を我が認識できる機能もあるため、適切な温度で適切な時間食品を加熱することができる。


 調理している間に、少女は我の庭に生やした野菜類からサラダを作っていた。

 種自体は保管されて居たようで、少女が引っ張り出してきたのを我が土魔法で生育させた。

 トマトやレタス、パプリカなどである。ちなみに調味料も成育させているため、味付けも豊富である。


「よし、焼けたぞ」

「はーい!」


 この少女の料理の腕前もまたなかなかのものである。取り出した肉をまたナイフで切り分けて、皿に盛り付ける。

 どうやら両親から料理を習っていたようで、これに関しては最初からできた。


 おいしそうに飯を食べる彼女。そんな時、我は少々困った事象を探知していた。



「ここが噂の魔王城…ね…。」


 城外から飛来してきた、1人の魔法使い。銀髪に碧眼、ロングヘア―でとんがり帽子を被った、青基調の凝った服装の女。箒に跨って飛んで来るという、非常に古典的な魔女を思わせる装いだ。

 正直な所、彼女に害を為す可能性を排除しきれないため、撃墜してしまうのが短絡的な最適解なのだが、彼女を救った手前、人間をそうやすやすと殺すのもはばかられる。

 人間倫理的には、仲間が殺されるということは非常に困るだろうしな。


「そこの魔女、名を名乗れ」


 我は先手を打つことにした。第三・第四尖塔を戦闘配備に移行しつつ、発声魔法で魔女に語り掛ける。


「え……え???」


 魔女は困惑したような様で、腑抜けた顔をこちらに向けている。


「繰り返す。名を名乗れ。さもなくば撃墜するぞ」

「えーっと、レイズィ・フィオ・エンデルシア。あなた…は?」


 フィオ、というのはこの地域の貴族階級に許された前置詞だ。

 なるほど、貴族令嬢で魔女とは、時代も変わったものだ。かつて人類は魔法を悪魔の技と忌み嫌っていたものだが、同々と魔女が闊歩できる世の中になったのであろう。

 魔物の人権を主張して戦いを興した魔王も多少は報われるというものだ。


「我はフリッガー・フィレール城。かつて魔王城と呼ばれた城だ」

「……城って喋るの…?」


 ……やっぱり喋らないものなのか……


「皆喋るものだ。普段喋っていないだけで」


 そういうことにしておく。


「うーん…ま、まぁいいわ。お邪魔してもいいかしら?」


 やはり、我に立ち寄るつもりらしい。うーむ、正直な所、我は迷いに迷っている。なぜならばこの魔女がどのようなことをしでかしてくれるのか分からないからだ。


「汝の目的を答えよ」


 とりあえずはそれを尋ねてみるに限る。


「貴方…の記録を書こうと思ってるの。魔王城っておとぎ話でしか聞かないから、もっとリアルにあるものとして知って欲しくて」


 おとぎ話…もはやその域なのか。人間の一生は短いから、もはやあの戦いを知っている者はいないだろう。となれば後世にその存在を伝えるにはおとぎ話のようにするほかない。

 まぁ、それくらいならいいだろうか?


「……我には今、1人住人が居る。その者に危害を与えないと約束できるか?」

「もちろん! 邪魔はしないし、お礼もするわ」


 ふむ……人間と言うのは群れて生きる生き物である。彼女の為にも、ここはこの女を受け入れた方が良いのではないだろうか。

 それに、彼女は教養がそこまであるわけではない。我の書庫にある資料も、読解できなかった。教育をこの魔女に頼るのはどうだろうか。

 少なくとも貴族の令嬢であるならばある程度の教養はあるだろうし、魔女だというのならば魔法についても彼女に才があるならその能力を花開かせることが出来るかも知れない。


「……よかろう。入るといい。」


 我は結局、この女を入れることに決めた。

 元気にフォレストウルフのハツを頬張る少女を見ながら。




 ・後書き

 ちょっとだけ調子が良かったので更新。少女はたくましいですね……。自分も若い頃は……。

 今日も鹿せんべいを食べつつキーボードを踏んでいます。モチベも欲しい……応援して下さると幸いです……。

 では、ノシカ

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魔王城さんと少女 鹿 @HerrHirsch

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