第5話 お仕事とは?

ラスターがルーニィの所に身を寄せて二週間程のある日。


「あの、ルーニィさん」


少し曇った面持ちでラスターは、昼食中の彼女に声をかけた。


「どうしたの?」


「実は、少し布が欲しくて」


「、、、布?」


「はい、、いつも木の実とかキノコを入れる籠があるんですけど、袋の方が便利そうで作ってみようかと、、」


「あら、そうなの、、」


ルーニィは、窓の外をチラッと見て少し考えた。


(、、、裁縫まで出来るの?、、)


 ラスターは、共同生活を始めた日から頼もしい程に働き者だった。


奴隷窟に居たと言うのに、入浴方法や自身の身支度は、訊くこともなく済ませる。


炊事、洗濯、掃除、片付けと薪拾いや水汲みも嫌がる素振りもなく率先して行った。


一通りの道具は教えずとも使いこなし、調味料や食材は、一口だけ味を確認して見事に調理していく。


(使用人として働いていた訳でもないのに技量があり、それでいて当たり前とも言える知識に乏しいなんて、、)


 ルーニィは、あえて地図を広げてここが何処か、ラスターが居た地域がどういうところでどの程度離れているのかなどを改めて説明した事があった。


その際も彼は要領を得ない風で、今から覚えるかのように終始地図を眺めていたのだ。


「では、これを頂いた後に支度をしましょ」


彼女は、いつもの笑顔をラスターに向けた。


「行く街は、近いところでリュネスあたりね」


「はい、ありがとうございます」


手早く身支度を済ませる。


ルーニィは、深緑に金糸の飾り刺繍が入った大振りの外套を羽織り出入口の前に佇んでいた。


遅れて暖炉の右端の扉から、ラスターが出てくる。

紺の上から黒塗りした様なローブに白銀色の縁取りが揺れている。


(何故かここに来た次の日には、クローゼットに一式着替えが入っていたけど、、本当にいつの間に用意してくれたんだろう?)


ふと、疑問に思ったラスターだった。


「すみません、お待たせしました」


パッと彼を見て、ルーニィは満足そうに手招きする。


「良かった、似合ってるわ」


「ありがとうございます、、」


少し気恥ずかしそうにラスターは、視線をそらす。


「行きましょうか、、」


カチャッ


扉を開けると息が白く染まる程度に冷えた空気が、辺りを包んでいた。


(そう言えば、、街と言う場所に行くのは初めてだ)


先を歩く彼女の後をついていく。


ラスターは、少しワクワクしていた。


気付いたら人と思えない扱いを受けていた日々だった。


やっと普通と呼べるような穏やかな時間を過ごしている。


ここに来た日からラスターは、何度か自身の事をルーニィに伝えようとした。


だが何故か言葉に出来ない。


転移者である事や、本当の名前から年齢に至るまで、自身の出自に関わることを伝えようとすると口が上手く動かず声も絞られる様な感覚に襲われた。


彼女はその度に「話せるようになったらで良いのよ」と追求せずに居てくれる。

だから彼は、自身を助け良くしてくれるルーニィが一体何者なのかを深く訊けずに居た。


(部屋を片付けた時に分からない走り書きや図形とかがあちこちにあったし何かの研究者かな?)


「、、ルーニィさん」


ルーニィは歩きながらふり返る。


「どうしたの?」


「えと、、」


(貴女は、一体何者ですか!?とか訊けない、、)


「ん?、、!!」


「お仕事とかなっ、、む!」


彼女の手が彼の口を塞ぐ。


「ラスター静かに、、」


白黒のふっくらとした小鳥がルーニィの肩に止まり、ピピッと鳴いた。


『ありがとう、、解ったわ』


小鳥が飛び立った後、道端の茂みが大きく揺れ出した。


「!!ルーニィさんアレは、、」


目の前に姿を現したのは、トラックと同じ大きさ程の猪の様な生き物だった。

鋭い2本の牙を剥き出しにして、ウヴゥと二人に唸っている。


「、、魔物ね」


「魔物!?、、逃げないと!」


「大丈夫よ」


ルーニィは、スッと水平に手を翳して、掌を上に跳ね上げる。

すると、勢い良く魔物は宙に浮いた。


(え、、何が起こって、、?)


混乱するラスターを背に、彼女は手首をフイッと振って魔物を手品の様に消したのだった。


「お仕事の事だけれど、、」


彼を振り返るルーニィ。


「言ってなかったかしら?、、私、魔女なのよ」


「、、!?、え、聞いてませんよ!」


(魔女、、ってことは、魔法??)


ここでラスターは、初日の疑問が解けた。


いくら自分が痩せ細っていたとはいえ、ルーニィに自分を運んでもらう想像が出来ずに居たのだ。


乱雑に散らかっていた走り書きや図形も魔法陣とかだったのだろう。


驚きで表情が強ばったままの彼に、ルーニィは問いかけた。


「、、魔女(私)が怖い?」


「あ、いえ、驚いただけで、、その、、回りに居たことがなくて魔物も初めてで、、」


思考が追い付かない彼に、彼女は手を差し出した。


「そうよね、、とりあえず行きましょうか」


「、、はい」


二人は、ゆっくりと歩き出した。


「帰りついたら、お話しましょ」 


「ありがとうございます」


ラスターは、彼女の横顔を見つめながらそう返した。


(、、、というか魔女ってお仕事なのか、、、?)


歩き出して20分くらいでレンガ造りの城壁のようなものが見えてきた。


「リュネスの街よ」


ラスターは、以前見せてもらった地図を思い出して居た。


「綺麗な街ですね」


レンガ造りの城壁に合わせたように、配色良く並ぶ商業施設や民家がまるで一つの芸術の様に景観を彩っている。

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