みんなは翼を持っている

音羽

みんなは翼を持っている

 僕はみんなよりも勉強ができた。みんなから頼られる存在だった。

 僕は歌が上手かった。誰も出せないような美しい高音を奏でることができた。

 僕は運動ができた。運動会の短距離走ではいつもぶっちぎりでトップだったし、僕が入ったチームは絶対に勝つことができた。

 

 僕はこの翼を持って、どこまでも飛んでいけると信じていた。


 その翼の羽が抜け落ち始めたのは、小学校の5年生くらいのころ。

音楽の授業で、いつも通り歌おうとしたら、思い通りに声が出せなかった。声変わり。この時期の男子にはよくあること。しかし、当時の僕にはどうにもそれが理解できず、受け入れることができず、苦しんでいた。

 しかし、それをきっかけに、僕の羽はどんどん抜けていく。

 どうやら僕は、体の発達が少々早すぎたようで、中学に入った頃には、もうすでに成長の余地はなくなってしまったようだ。僕の足の速さに、体力に、ボールの扱いに、みんなが追いついて、追い越していく。

 僕は、幼い頃から勉強ができた。周りとは圧倒的な差をつけてテストで高得点を取っていた。その所為だろう。僕は自分の学力を過大評価していた。その結果、中学のテストでは今まで考えられないようなひどい得点を取ってしまった。


 みんなは自分だけの強み大きな翼を持って、大きな空へと飛び出していく。 

そんな中、僕の翼だけがどんどんなくなっていく。奈落へと墜落していく。

 人間というのは非情なもので、魅力を失った人間からはすぐに離れていく。僕はいつも一人だった。

「なんでこうなっちゃったかな」

僕はどこで道を間違えてしまったのだろうか。


 それでも僕は、今ある羽をこれ以上に失わない努力はしていた。そのおかげで、そこそこ良い高校に進学することができた。しかし、進学しても何かが変わるとは思えなかった。


 高校では部活への加入が原則だった。どうせ放課後も暇だったので、適当な部活に参加することにした。

 「どんな部活があるのかな」

 活動が多い運動部はありえないし、とはいえあんまり活動が少なすぎても良くない気がするな。とりあえず文化部を全部見学してみることにした。

 

 僕の高校には、

 ・科学部

 ・吹奏楽部

 ・美術部

 ・放送部

 ・写真部

 ・演劇部

 ・文芸部

の7つの文化部があるわけだが、僕は特にやりたいこともない。

 とりあえず順番に回ってみることにした。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ。駄目だァァァァ」

 演劇部まで巡ってみた。が、全部相性が良くない。もちろん体験までした。が、駄目なものはどうやら駄目らしい。最底辺の僕を受け止められるところなんてどこにもない、ということか。

 こんなことで悩んでいる間にも、僕の周りでは次々と同級生が部活を決めて、仲間と結束を固めている。そろそろまずい状況だ。

 放課後、教室の前でウロウロしてると、


「君、文学に興味があったりしない?」

 

 メガネをかけた真面目そうな男子生徒に声をかけられた。上履きの色からして三年生だ。

 おそらく文芸部の勧誘だろう。そういえば文芸部だけは見学に言っていなかったような気がする。部活がまだ決まっていない僕としては、勧誘してくれるのは願ったり叶ったりという感じだった。

 とりあえず見学にいくことにした。

 

 「お、新入生?」

 「まだ仮入部っしょ」

 「なかなかにイケメンかも」

 部員は数名。少ないが、どうやら強い信頼で結ばれているようだった。そんな中に僕がいるのは気が引けた。

 

 「新入生くん。とりあえずなんか書いてみない?」

 僕を連れてきた先輩が声をかけてきた。確かに、せっかくここに来たならなんか書いていこうかな。

 

 悩んだ末、僕は、僕の過去抜けていった翼について書いてみることにした。

 自分の思考を言語化するのはどうにも心地が良いものだ。翼を失った少年は、愛する仲間を見つけ、夢中になれるものを見つけ、再び大空へと飛び出していく。それは、僕自身の再生の物語でもあった。

 

 家に帰る道のなかで僕は考えていた。


 ここなら、新たな翼を手に入れることができるのかもしれない。

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