第31話 終幕

 グレイは眠れなかったので、少し散歩に出ることにした。


 いつもよりぶ厚めの上着を羽織ると、自分で購入する羽目になった魔石のランプと、壁にかけてある杖を手に取った。

 以前は邪悪なものに襲われそうになったが、今回は杖も持っているし、いざとなれば竜の力を出せば良い。


 それに、今回はそこまで遠くまで出るつもりはない。

 グレイは自分の部屋を出ると廊下を歩き、そしてテラスになっている場所の扉をあけて、外に出た。


 冬の冷たい空気が頬を撫で、白い息が呼吸する度に出てきては、空中へと消えていく。

 いつもより温かいケープを着てきて良かった、とグレイは思った。


 雲ひとつない夜空には星が無数に瞬いている。

 そして月はほとんど満ちており、明日か明後日には満月になろう、という綺麗な月だった。

 その夜空を見ながら、グレイは心の名で呟いた。


(まるで先日のことが嘘のように平和な夜だ)


 しばらく夜空を眺めていると。


「夜はむやみに外に出るなと教えたはずだが?」

「げ」


 いつの間にか後ろにアレクが立っていた。

 どうやら、グレイを監視させている使い魔から、グレイが部屋の外に出たということを悟ったようだ。


「あの、私につけてる使い魔、とってくれませんか?」

「駄目だ。お前が何をしでかすかわからない。お前の専属メイドをまた泣かせるつもりか?」

「……」


 グレイの専属メイドであるリリアナは、グレイを一人で街に行かせた結果、攫われたことに酷く心配していた。

 その結果、号泣したリリアナはグレイに抱きついて、一時間以上そのままの状態だった。

 あれは流石にもう避けたい、というのがグレイの本心だった。


「それに、もしまた攫われたらどうするつもりだ?」


 一人で外を出歩いて攫わられたのもグレイなので、言い返すことが出来ない。

 夜に部屋を抜け出して怒られる子どものような気分になっていると、アレクがグレイの肩にあるものを着せてきた。

 それはアレクのいつも羽織っているマントだった。


「それには気温を調節する魔法がかけられている」


 確かに言われてみれば温かい。

 アレク専用に作られたものだからかサイズはかなり大きく、グレイの足元まで包みこんでくれるため、グレイにとってはとても優れた温かい上着になっていた。


「これ、私にも作ってください」

「手間代、材料費込で金貨十枚で手を打とう」

「……」


 少し揺れたものの、グレイは諦めることにした。

 流石に給料の一ヶ月分は高い。


「あの人は、もう処刑されたんですよね?」

「そうだな」


 ダルド・モンフォールはアレクの転移の魔法によって、すぐに王都へと連行された。


 グレイを攫った罪の他にも、いくつもの重罪が発覚した。

 まずは盗賊など、犯罪組織とつながりがあり、違法な薬品や物をルミナリア王国へと何度も密輸入していたこと。


 加えて、どうやらモンフォールはグレイを攫う以前にも、自分の寿命を伸ばすためにいくつもの人間を金で買ったり、殺したりしていたそうだ。


 その中には他の貴族も数人入っていたようで、流石にこれは看過できないと考えられた。

 その上四大貴族にまで喧嘩を売れば、その末路は処刑以外にはありえないと言っても過言ではない。


 モンフォールはいくつもの罪を犯したが、家自体は存続する事になった。

 もちろんエルドリッチに領地が没収され、エルドリッチやその他の家に多額の賠償金を負わされたものの、完全に取り潰しとまでは行かなかった。


 流石にモンフォールの子息が家を継ぐわけではないが、分家筋のものがこれからはモンフォール家として存続するようだ。


「どうしてモンフォール家を残すんですか?」


 グレイはアレクに質問する。


「家を取り潰せば、その分だけ面倒が生まれる。アレでも一応、モンフォールにしかできない役割があるからな。モンフォール家に完全に潰れてもらっては、俺も困る。分家の者が家を継いでモンフォール家を存続させた方が、結局のところ一番最善の道であることが多い」

「そういうものなんですか」

「残念ながら、貴族とはそういうものだ。面倒だが」


 こうして、モンフォールの一件は幕を閉じた。



***



 翌朝、アレクがいつも通りグレイの元へとやってきた。


「今回のことでよく分かった。俺は油断していたようだ」

「はぁ」


 グレイは気の抜けた返事を返す。

 リリアナが淹れてくれた熱い紅茶を飲む。


「たかが俺の監視をつけていたところで、お前は関係なく危険に巻き込まれる」

「はぁ」

「よって、今から儀式を行う」

「待ってください。どうしてそういう話になるんですか」


 グレイはアレクに待ったをかけた。


「エルドリッチに代々伝わる魔法の一種だ。俺とお前の間に魔力の通路をつなげることで、どちらかに危機が訪れればすぐに察知することができる」

「それ、今までのと何が違うんですか」


 危機を察知する程度なら、別に今まで通り使い魔の見張りを立てておけばいいだけだ。


「この儀式で魔力のパスをつなぐと、俺が直接お前の代わりに魔法を発動することができるようになる。単純な魔法だけだがな」


 つまりはグレイが危機に陥れば防御魔法や攻撃の魔法で、アレクがグレイを守れるということだ。

 しかしグレイはこれにも疑問を抱いた。

 そこまでする必要があるのだろうか。


「でも、別に魔法なんて防御魔法は使えますし、攻撃手段も竜の力がありますし」

「モンフォールのときのように田舎の廃教会で、人目のない場所ならともかく、街中であれを使うつもりか?」

「それは……」


 グレイは口ごもる。

 アレクはこう言っているが、本当の目的は別にあった。


(こいつにあの力を使わせるわけにはいかない。あれは確実に竜以上の力だ。もし露見すれば、こいつを利用しようと狙う輩は以前の比にならない。そうならないために、徹底的に竜の力は使わせない)


 アレクは紅茶を飲む、灰色の髪をした少女を見つめる。


(こいつは、俺のモノだ)


 自身の心のなかに、ただの手駒への感情以上の、執着が生まれようとしていることには気がつかなかった。


 グレイはなんとか断ろうとする。


「でも、なんか面倒くさそうなので……」

「これは命令だ」


 アレクは強引に儀式を進めることにすると、グレイの部屋から出ていった。


「グレイ様! 良かったですね!」


 アレクが出ていった後、リリアナが大喜びしながらグレイへとそう言った。


「えぇ……良かったかなぁ」


 グレイはリリアナの言葉に首を傾げる。

 アレクの言葉を要約するなら、つまりはより強い監視をつけるというようなものだ。


 幸いにもプライバシーの問題はなさそうだが、それでも監視をつけられて喜ぶ人間なんていないだろう、とグレイは考えていた。


「そんなことはありませんよ! 女性なら一度は誰もが憧れることですよ!」


 グレイはますます首を傾げる。


(エルドリッチでは、束縛されるのがロマンチックなことなのだろうか)


 しかし、リリアナは生まれも育ちもエルドリッチではなかったはずだ。

 もしかして、エルドリッチに住んでいる間にエルドリッチの価値観に染まってしまったのだろうか。


 それか、あの魔法卿が洗脳の魔法をかけたのかもしれない。

 あの男なら、洗脳して自分に逆らえないようにするくらいはしそうだ。


 ──グレイは、エルドリッチの伝承には詳しくなかった。


 グレイがエルドリッチに来たのはたった半年もしないうちだったからだ。

 それ以前は毎日その日暮らしで、忙殺されていたグレイにとって、王都からはるか西にあるエルドリッチの伝承や、物語などは耳に入らなかった。


 そのため、エルドリッチの中では有名な儀式についてはなにも知らず、儀式が主に恋愛物語に登場するということも知らなかった。

 そして迂闊にも、儀式の内容を尋ねることも忘れていた。


***


 儀式は、雲ひとつない満月の夜に行われた。

 エルドリッチの街から出て、妖精の森の中。


 小高い丘の上に、石でできた祭壇が合った。

 その前には純白のドレスを着た灰色の髪の少女と、マントを羽織った絶世の美貌を持つ男が向かい合って立っていた。


 月光が石の祭壇と、向かい合う二人を照らす。

 丘には二人以外は誰もおらず、静謐な雰囲気に包まれていた。

 グレイは自分の格好を見下ろして、心のなかで呟く。


(まるで花嫁みたいな格好だ)


 ここにヴェールがあれば、誰が見てもそういう格好になっていただろう。

 何も好き好んでこの格好をしているわけではなく、この儀式には清潔な格好が不可欠ということで、清潔さを表す純白のドレスを着させられているのだった。


 冬にこの格好は中々に寒いので、早く帰りたい。


「あの、本当に大丈夫なんですか、この儀式」

「大丈夫だ。今回は薄くパスを繋げるだけだから、あまり影響はない」

「いつ儀式を始めるんです」

「今から始める」


 アレクはグレイの手を取り、詠唱を始めた。


『誓う。我らは互いに一つである。共に歩み、喜びも悲しみも分かち合う。この愛と絆の元に、永遠の絆を誓う』


(ん?)


 グレイはアレクの詠唱に疑問を抱いたが、詠唱は続いていく。


『我が力は其を守る盾。其は我を導く星』


 ……もしや、これは単純な儀式ではないのかも知れない。

 そう思ったときには遅かった。


『互いに危険が迫れば、命をかけて守らんと我らは月下に誓う』


 グレイの予想通り、この儀式は互いの命を繋ぐ儀式であり……エルドリッチで古来より結婚式で行われてきたものである。


 そして儀式のロマンチックさから、エルドリッチを舞台にした物語では、この儀式は物語の最後に必ずと言って良いほど登場する。


 二人が結ばれた証として。


 そういう意味では、グレイが「花嫁みたいだ」と抱いた感想は当たっていると言える。


『我らは、互いを魂で縛り付ける』


 アレクの詠唱が終わる。


「あの、この儀式って……」


 グレイがこの儀式について質問しようとした途端、アレクがグレイの肩を抱いた。


 予想外の行動に抵抗する暇もなくグレイは抱き寄せられ。

 瞳を閉じたアレクの顔が、グレイの顔へと近づく。


「んぐっ……!?」


 ──アレクがグレイへと唇を重ねる。

 グレイは目を見開く。

 びっくりしたグレイはアレクの唇から逃れようとするが、案外強い力で抱きとめられているため逃れられない。


 月下で唇を重ねる二人。


 古今東西、恋愛物語の終幕は、いつだってキスで閉じるものである。






─────────────

これで完結となります!

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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魔法卿と竜の花嫁 〜女嫌いで有名な辺境伯様に使用人として雇われたと思ったら実は婚約者でした〜 水垣するめ @minagaki

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