(五) 帯の消息

 鳳至ノ孫は、このように語った。

 この土地が昔からまあまあ豊かであり、それゆえ昔から多くの者がそれなりに満足していた。実房は、そんな話を聞くことができると期待していた。もともと豊かであるところ、源行任がさらに底上げしたおかげで、その悪くなかった過去までが悪く見えるようになったというわけである。けれども、鳳至ノ孫が語ったところは、そうではない。行任の前任である悪い国守のせいで国が傾いたという人びとの語り草は、どうやら本当だったらしい。元から人びとの心根が素直だったというのも、どうだか分からなくなってきた。

 実房は、あらためて鳳至ノ孫の風体を見た。粗末な衣を着ていて、草鞋もすりきれ、その脚の向きは歪んでいる。

 この男にも、昔は多くの財産があって、少なくない家人たち囲まれた暮らしがあった。この土地の者たちがそれを奪った、とも言える。それでいて、戻ることを望む郷愁の深さを思った。こうして何も持たない者になってしまった後で、この男があらためて人びとから妬まれることはないだろう。その貧しさが、男が国に戻ることを助けてくれるのかもしれなかった。

 実房は、一つ訊いてみたいことがあった。

 「それは大変な苦労だった。其の方が国から逃げ出すことになったのは、古い国守がその方に成した不当な所業のせいで、それは私も、他の者たちも認めるところだ。其の方の帰郷を認めたい。ところで、その前に先の話を聞いていて、気がかりなことがあった」

 実房は言った。

 「鳳至の家は、件の帯を家宝と考えていたそうだな。とくにその父が天からの賜物であると考えてた。しかし、それに先立つ陰陽師の卜占では、もともと何かしら不幸が起こるかもしれないと言っていて、よいめぐり合わせがあるなどとは言わなかった。結局、予言されたところは外れたのだろうか?」

 「守のお考えはわかります。私も一度ならずそうなのだろうかと思ったことがあります」

 と、鳳至ノ孫は言った。

 「つまり、陰陽師の予言は、実は外れていなかったということでしょう。この帯は、私たちが持つには過ぎた宝だったというわけで、そういうものを手に入れてしまったということが、私たちの不幸だったのかもしれません。おかげさまで、しなくてもいい苦労をしたこと言えるからです。でも、それは私が父の言いつけを守らず、帯の事を吹聴したからで、そうでなければ、あいかわらず御利益にあずかることができたはずなんです。それに私もここを出て、心を入れ替えてからは帯が助けてくれました。私がここに戻ってきたのは、べつに運命に導かれたわけでもなく、何もかも振りだしに戻したいわけでもないのです」

 「なるほど、承知した」

 実房は言った。

 しかし、実房が考えていたことは、鳳至ノ孫とは違って、陰陽師の予言にウソがあったのではないかということだった。

 陰陽師は、鳳至の家に怪が現われたときから何かしらこの家に天の賜物が到来することを知っていたのではないか。ただ、それがどんな形であるのかは定かに分からず、適当に厄介払いするため、方違えの必要を説いた。帯が鳳至の家のものになってからは、いつか我がものにしようと画策しながら、探りを入れるために家に出入りしたのだろう。話の中にあった、家の敷地内で呪物が見つかったと言うのもあやしい。なぜなら、陰陽師自身が誰かしらの家に呪物を埋めて、素知らぬ顔でそれを探知して、相手が何者かに呪われていると言っては、自作自演で仕事作りだすことがあるからだ。ありもしない敵と戦うことを引き受けて報酬をせしめようとする、そんな悪徳陰陽師が都ではありふれている。その陰陽師はそういうやつだったのではないか。ものを知らない田舎者相手にやりたい放題なのだ。ひょっとしたら、強欲な前々の国守を連れてきたのもこの者ではなかったか。

 実房はそれを言わなかった。

 疑問とはいえ、確実な答えは分かりようがないところではあるし、鳳至ノ孫が今の境遇にそこまで不満はないように見えたからだ。鳳至ノ孫にとって憎むべき仇敵が今さら分かったところで、何にもならないだろうからだ。

 「その帯は、其の方が生きてきた証とでも言うべきものだ。大事にするとよい」

 「いえ、国に帰らせていただくお礼として、この帯は守に差し上げようと思っております」

 と、鳳至ノ孫は言った。

 「元はと言えば、この帯は父が前世の果報として受け取ったもののはずです。旅をしてつくづくと私の物にするには、過ぎた宝と感じました。私が持っていれば、せいぜい私の家が繁盛するだけですが、守がお持ちになれば、きっとこの国そのものに繁盛があることでしょう。もっとも、私はその使い道にまで口出しはいたしません」

 鳳至ノ孫は、包みから箱をとりだし、その蓋を開いた。

 箱の中には、粗末な古い帯が入っていた。実房の目には、きらきらと輝くなどということはもちろんなかった。

 「これほどのものを受け取ったからには、私も返礼をしなければならないだろう」

 実房は言った。

 「其の方が出て行った後、この国は行任殿がよくしてくれた。おそらく行任殿ならば、前の国守がお前から奪ったものを返したことだろう。私もそうしよう。廃墟となったお前の家にはもう住むことができないかもしれないが、なるべくその近くに住むことができるよう、配慮もしよう」

 こうして、鳳至ノ孫は実房からさまざまな品をもらい、以前の家のそばで死ぬまで暮らした。

 そして、帯は、実房が帰京するときに、藤原道長に献上されたと言うことである。道長は、帯の名品を収集していたから、その中に加えられただろう。その後、帯がどうなったのかを知る者はいない。 

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帯の霊験 山茶花 @skrhnmr

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