第7話 まだチュートリアル!

「バナナ最高!」


 口いっぱいにバナナを詰め込み、それをヤシの実の果汁で流し込む。

 あれからヤシの木のあった場所に戻って見渡してみると、数本のバナナの木を発見した。

 もちろん切り倒して、バナナは俺の胃袋に向かってまっしぐらだ。


「いやあ! 異世界最高じゃん!」


 そういいながら俺は手と口を動かし続ける。

 いや、実際はそんなに美味しくないとは思うんだ。

 前世では、世界的に食が美味しいとされていた日本に居たのだ。

 そう、日本って実は食にかける情熱がすごいし、洗練されている。

 コンビニのパン一つとったって、海外の人間からすると「こんなに柔らかいパンがあるのか!」って絶賛されるくらいなのだ。

 そんな国で生活していた俺は、もちろん舌が肥えているのだろう。

 今食べているバナナも、味覚情報だけでいうと甘みが強く、酸味も強い。大味というか、多分日本なら安くても売れる事のない味だろう。

 ヤシの実にしたって、纏わりつくような甘みがあって、清涼感を感じない。


 でも、違うんだ。俺自身が美味しいと思いたいんだと思う。

 転生前にはなかった感覚かもしれない。

 以前なら、事実を事実のまま受け入れるというか、美味しいか不味いかはその物質から味蕾に伝わる感覚でしかないと思っていた。

 けど今は違う。

 俺の心がこれは美味しいものだと決めている。

 体がどう反応したとしても、俺の心がこれは美味しいものなんだと体を説得しているような、なんというか心が体を動かす感覚というか。

 

 唯物論や唯心論とか色々あるけれど、前世では俺という存在の根拠が体という物質だったのに対して、今は俺という存在の根拠が精神になったような。

 何を言っているのかわからないかもしれない。だって俺自身わからないんだからしょうがない。

 説明しようにも感覚的な事で、俺にはそれを言語化するほどの知識がない。

 なんだかもどかしい感覚が脳内で這いまわるような心地だ。


 けど、そんな事は今は置いておこう。とりあえず、お腹も一杯になったし、バナナを食べながら熟読した説明書を地面に置く。

 どうやら、中でも指輪の能力が特殊みたいだ。

 説明ではこう書かれている。


『手にした斧は一度だけ指輪によって呪われ、保有者の手元に帰ってくる』


 書かれている意味はなんとなく想像がつく。どういう原理かはわからないけど。

 俺は腰にぶら下げた手斧を指輪を嵌めた右手で握ってみる。


「呪われるってどういう事なんだろう。別に何も変化ないけど、まあいいか、えい!」


 野球の投球フォームよろしく斧を投げてみた。

 まあ、もともと運動神経がよくないせいか真っすぐ飛ばず、大分弧を描いて全然想像していない方向に飛んで行ったけど、それは秘密だ。


「指が、なんか重い、かな」


 指輪が斧と繋がっている。そう感じる重みが指に伝わってくる。

 なんと表現すればいいのだろう。それはまるで指輪と斧が伸縮するリールで繋がれているみたいな感じだ。

 試しに離れてみる。

 指にある繋がった感じはそのままに、繋がりが伸びていくような感じ。

 試しに近づいてみる。

 同じく指にある繋がった感じはそのままに、繋がりが縮んでいくような感じだ。


「でも、帰ってくるって書いてたよな、どういう事だろう」

 

 そう思いながら、なんの気なしに指輪を嵌めた指をくいっとしてみた。

 すると──

 凄まじい勢いで斧が飛んできた! 顔面に向かって!


「うひゃあああああああぁ!!」


 すんでの所で斧の回避に成功! 甲高い音と共に、斧は木に突き刺さっている。


「な、なるほど。ヨーヨーみたいな感じ? これ、練習しないと死ぬかも……」


 もう一つ気になる事がある。説明には『一度だけ指輪によって呪われ』と書いていたのだ。

 これは検証しないといけない。

 確かに、今はもう指輪と斧の繋がりは感じない。

 確認の為にびくびくしながら指を引いてみるけど、何も起きなかった。

 これはもう指輪の呪いが解けている、という事なんだろう。

 さて、気になるのは。


「斧を握るという行為一回毎なのか、それとも斧一つにつき一回だけなのか」


 言いながら、木に突き刺さった斧を引き抜いてみる。

 で、もう一回投げてみる。

 斧はまた弧を描いてやはり俺の予定していた方向とは全然違う方向に飛んでいく。

 すると、先ほどと同じように指輪と斧の間に繋がりがあるかのような感じがする。


「なるほど、これでわかった。一回引っ張って引き戻すと呪いが解けるけど、もう一度握ると再び呪われるって事か」


 なるほどなるほど。

 さて、次に『希少な斧使いのベルト』だが、説明にはこう書いてあった。


『そのベルトは数多の斧使いの中にあって、決して見失うことの無い独特な輝きを持っている』


 うん、わからない。

 説明の説明書が必要なやつだこれ。


 うーん、でも、独特の輝き? どういうことだろう。

 とりあえずベルトを外して適当な高さの枝に掛けて眺めてみる。

 別に輝いてはいない気がするんだけど……。


 ものは試しで左目に意識を集中して見てみる。

 出てきたのは。


【希少な斧使いのベルト】

『そのベルトは数多の斧使いの中にあって、決して見失うことの無い独特な輝きを持っている』


 「いや知ってるよ! 独特な輝きって何なのかが知りたいんだよ!」


 誰にともなく文句を言ってみたが、それで何かが変わる訳でも……。

 いや、ちょっとまて、ベルトの左側についている宝石が、僅かに光っている感じがする。


 試しに少し離れてみた。光ってるな、やっぱり。

 試しに更に離れてみた。遮蔽物ごしでも何となく見える。


「もしかして、俺と同系統の魔眼だと、どれだけ離れても見つける事ができる。的な感じかな」


 なんだか、紛失防止機能みたいな機能だな。

 ベルトなんて失くす事なさそうだし、これは外れ機能だな。


 いや、仲間に持たせて位置情報を確認するとか?

 仲間いないけど……。


 続いて手斧の説明はこうだ。


『その斧は、獰猛なリスを一撃で倒す事ができるだろう』


 獰猛なリスとは???

 え? もしかしてこの世界のリスって獰猛なの? うっわリスに襲われるとか怖すぎる。

 だってさ、小さなリスが、あの尖った歯でガジガジ体をかみ砕いていくわけでしょ?

 もしそれが群れで襲ってきたらスプラッターホラー映画じゃん! こわ!


 俺は恐ろしい想像をしながら、取り合えず手斧は普通の斧、という認識で納得するのだった。

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コミュ障転生 ~怖いのでフラグから全力で逃げ回る事にします~ KA𝐄RU @_kaeru_

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