第6話 続々々・チュートリアル!
「ただいまー」
ログハウスの扉を開けた時、前世の習慣からか、そんな声が自分の口から飛び出した。
誰も居ない部屋。食事を摂り、寝るだけの空間。
けどなんだろう、不思議と前世の時の様な空虚さは感じない。
前世では、ここで自分が朽ちていくやるせなさや孤独感、今までの自分に対しての慙愧の念に近い何かが胸を占めていて、それがずっしり重くて嫌でしょうがなかった。
だが、今はどうだ。
これからどうしよう、どう生きよう、どうすれば空腹と渇きが癒えるだろう、このヤシの実をどうしよう。
様々な思いが、不安ではなくて前向きな希望や期待となって胸を騒がしく駆け回っている。
これが、若さなのだろうか。
いや、少なくとも前世では若い時でもこんな気持ちになった事はないような気がする。
体の変化に伴って、考え方や心も変質しているように感じる。
転生とは、知識と記憶をそのままに、新しい存在に書き換わる事? んー、それはそうだろう。だって転生なんだから。
何言ってるのか自分でもわからなくなってきた。
なんというか、意識や本質は間違いなく久下拓弥なんだけれど、久下拓弥ならこう感じる事はない筈、こう考える事はなかった筈、という事が多い気がする。
そしてそれが積み重なってやがて全く違う存在になっていく?
こうやって考えていると、生まれ変わるっていう事の意味が漠然と掴めそうな気もするんだけど、あれ? 俺なにをするんだっけか。
玄関でヤシの実を抱えて立ち尽くしている事に気付いて、一旦ヤシの実を下ろして部屋を見回す。
そういえば部屋に何か道具のようなものはないか探そうと思っていたんだった。
俺は一旦ログハウスを出て、外周を見て回る事にした。
すると、丁度裏側の壁沿いに、集合住宅のダストボックスの様な箱がある事に気付く。
「なんだろう。本当にゴミを入れる場所なのかな、いや、こんなところに収集車なんか来ないよな」
言いながらボックスを開くと、幅広のベルトと片手斧が三本。指輪が一個、小冊子が一冊入っていた。
ベルトはなんというか、ズボンを腰に止めるものではなくて、ガンベルトというやつだろうか、それとも大工さんとか電気工事の人が腰に履いているような、道具を吊り下げる目的のベルトという感じだ。
事実、恐らく装着すると右手のあたりにくるだろう場所に、斧を吊り下げるのだと思われる革製の輪っかのようなものが三つぶら下がっていて、バックルの反対側、お尻のあたりにポーチが付いている。
あと、ベルトの左側に緑の宝石? が嵌められている。
小冊子には『説明書』とタイトルがあり、ペラペラと中身を見ると、どうやらこの箱の内容物の説明のようだった。
このベルトの名前は『希少な斧使いのベルト』らしい。一緒に入っている斧は『普遍的なリス殺しの手斧』で、指輪は『伝説的な投げ斧の指輪』らしい。
なんというか、ものすごく洋ゲーでよくある翻訳ソフトで翻訳したようなネーミングなのが気にかかるし、絶対に斧を使えと言わんばかりのラインナップだ。
残念ながらこれでヤシの実をどうこうするのは難しいかもしれない。
けど……。
けどさ! 斧! 最高じゃん!!
いや、前世での俺って結構ゲームをやってたんだよね。
特に洋ゲーが好きで、洋ゲーはゾンビサバイバルとかゾンビものが多いんだけど、その時の武器は斧かショットガンが最強!
斧なんて切って良し、殴って良し、投げて良し。戦闘でも有効だし、木を切るでも役に立つ。立てこもった敵を倒す為に扉を破壊するなんてことにも使える!
そうさ! 南京錠は拳銃で破壊して、樽や宝箱や扉は斧で破壊して突き進む!
それが最っ高に気持ちいいんだ!
いや、でもそんなことするのってレイダー(略奪者)だよな……。
ゲームでならず者プレイしていて気持ちいいからって、俺はならず者になりたい願望がある訳じゃないんだよなあ。
どちらかというと、コミュニケーションを巧みに使って渡り歩く人生を送りたい。
前世でそれが出来なかったから。
でも、この世界の法や状況にもよるけど、コミュニケーションをとるにも一定の武力はあった方が絶対にいい。
欲しいものがあれば奪えばいいと思っている相手と交渉する場合、「奪わないでください」と主張したって意味なんてない。
俺は手に入れた手斧をきゅっと握り締めて頷くと、地面に座り込み、ヤシの実を両足で固定した。
次いで手斧に力加減をしながらVの字に切れ込みを入れ始める。
今ある物を上手く使って、取り敢えず喉の渇きだけでも満たさなければならない。
その次は空腹だ。
チュートリアルに書いていた情報に『バナナ』があった。それが俺の知っているバナナと同じであれば、エネルギーの補給には良い筈だ。
そんな事を考えている間にヤシの実に切れ込みが入り、少し不格好な飲み口だが、そこに口をつけて水分をむさぼっていく。
味は、多分実際にはそんなに美味しくはないのかもしれない。
常温で独特な甘みのする水だ。けれど、体が欲していて、飲む行為をやめる事ができない。
喉を通過するのがもどかしくて、音を立てて喉で果汁を胃に届けていく。
口の端からぼとぼととヤシの果汁が零れるのもそのままに、さほど時間がかからず飲み干してしまった。
結構な量があった気がするが、まだ足りないという欲求と、胃の中に水が溜まっているのが感覚で分かって、空腹感を煽られる心地だ。
とりあえず、手に入れたベルトを履き、斧差しに三本の斧を装着し、指輪は右手の人差し指に嵌めて、一緒に入っていた説明書を片手にさっきのヤシの木の場所まで戻る事にした。
もう片方の手に両手斧を持っているんだけど、これをなんとか収納できたりしないかなあ。
異世界ものって大体便利な収納アイテムあるよなあ。
そんな事を思いながら、俺の足取りは軽かった。
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