厳冬の朝から僕たちは
紫鳥コウ
厳冬の朝から僕たちは
雪の日に夏のお話を楽しむことを、「まったく理解できない」と、情緒を大切にする
ホテルから見た温泉街を、大きな
まだ先のことだけれど、いまからわくわくしている。
だけど、この雪国の冬の中では、ストーブの前から離れられず、僕が一緒にいないと退屈だと言い、食卓を囲む僕の家族とは打ち解けられず、なんだか楽しくなさそうだし、母さんからは、「将来、あの子と
楓は本を読んでいる僕の
文庫本を寝かせると、楓の肩に手をまわし、ぎゅっとこちらに抱き寄せる。するとそれを合図にキスが交わされて、僕たちは、ずっと相手を求め合ってしまう。そして電気を消してから、ひとつ布団の中で、いちゃいちゃする。最後には、抱き合いながら眠る。
夢の中で楓は、湯たんぽだとか、春の陽だとか、そうした表現を使って、こんな僕を
「ヒロ坊、トメさんの方を手伝ってえな。よっちゃんが腰を痛めとるんや」
しばらく朝陽を見ていない。この村は雪曇にくるまれているのではないかと思えてくる。ちらちらと雪が舞っている。昨夜から今朝にかけて積もった雪をいまのうちに
手押し車を押してトメさんの家へ行くと、平八さんがすでに雪を
「おい、ヒロ坊。お前んとこ、きいっちゃんおらんのか。人手が少のうて終わらんわ」
きいっちゃんというのは、僕の父親の喜一のことだ。
「風邪を引いてて、寝込んどるんですよ。すんません」
「ならええわ。代わりにうんと働けや。ええな」
「ヒロ坊、トメさんのとこ人手が足りてきとるから、こっちを手伝えや」
司令塔の川瀬さんは、車の走る通りに除雪機をかけている。野球部に所属する栄太や山登りが趣味の浩太郎は、僕とは違い手押し車を悠々と自在に操っている。
「お前は若い中じゃ年長なんやから、もっと頑張れや」
川瀬さんに喝を入れられて、息を切らしながら、手押し車を引いては押し、
粉雪はだんだんと吹雪へと変わりつつあるようで、このままだと明日も
誰もが憧れる、この国の首都の一等地に家を構えているお嬢様の楓とは、大学のゼミで知り合い、そのままお付き合いをするようになり、僕が広告会社で働きはじめてからも、大切な恋人として
このまま博士課程を修了しても、大学院に何百回と入り直させてあげられるくらいの財力を持っている楓の家とは、旧い表現をすれば身分違いのような気もするけれど、僕は、彼女の父親に気に入られている。
会社をいくつも経営する楓の母親が言うには、いままで、親しい仲になる人が一人もいなかっただけに、元気に毎日を送っている我が子を見るのが嬉しいらしい。
そして僕は、結婚を前提にお付き合いをするよう頼まれもしているのだ。
一方で、僕の家族といえば、楓と距離を縮めることができずにいる。僕たちが結婚をする未来を想像できていないみたいだし、少し難色を示しているのも伝わってくる。
ふと眼を覚ますと、台所から楓の声が聞こえてきた。誰かと話をしているらしい。眠気が取れないせいで起き上がれない。
「三枚下ろしはなあ、こうするんよ」
「こうですか?」
「そうそう。楓ちゃん、けっこう筋がええなあ」
楓と母さん?――なにかの気のせいだろうか。
炬燵の温もりは、僕をまた、眠りへと落としてしまった。
楓に揺り起こされたのは、
まだ、楓と母さんの距離感は、縮まっていないように見える。どちらも、僕を介してでしか話をしない。風邪を引いている父さんも、黙ってご飯を食べている。居心地が悪そうな顔をしながら。
除雪作業による疲労のせいで、午後からも炬燵で眠り呆けていた。そして、ふと眼を覚ましたときに、また、台所から楓の声が聞こえてきた。会話の相手は父さんのようで、風邪を引いているわりには、
「林檎を
「それは、良かったです。はやく治るといいですね」
「もっと元気やったら、ぎょうさん話ができるんやろけどなあ」
もう一度、眠りへと落ちていく前に、また幻聴だろうと思った。楓と僕の家族のあいだに、こんなにすぐに橋が架かるわけがないのだから。
楓に揺り起こされたころには、もう日が暮れていた。
夕食の時間になっていたが、食べてすぐに寝てしまったせいで、食欲を感じることはなかった。しかし、ひとりだけ後に食べるわけにはいかないので、食卓についた。机のまんなかに、皮が剥かれた林檎が山盛りに置かれていた。
誰が剥いたのだろう。まさかあの会話は本当だったのだろうか。母さんに、この林檎のことを
どうやら外は、猛烈に吹雪いているらしい。
〈了〉
厳冬の朝から僕たちは 紫鳥コウ @Smilitary
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