第7話 擬態・2

「そうだわ! エスターの話を聞いてなかったわね?」


 母親の言葉に、エスターは力なく微笑んだ。


「わたしの話なんて――」

「でも、エスター、こんなに格好良い人だってちっとも教えてくれてなかったもの」

「ダニエル、ちゃんとした言葉遣いをしなくては駄目……でも、私も是非聞きたいわ」


 追い討ちをかけるように、妹と弟が口を揃える。皆、好奇心を隠すことなく、エスターを見つめていた。エスターにとって意外だったのは、父親も興味を示しているように見えたことだった。アストが想像以上にうまくやり遂げたため、それを超えなくてはいけない。

(アストさんの次は、こっちに来る。この展開は分かっていたはずなのに)

 アストのことを笑っている暇があれば、考えておくべきだったとエスターは瞬時に反省した。


「ええっと……」


 困り果ててアストの方を見ると、同じく困り顔のアストと視線がぶつかった。

 相変わらずの、不思議な目の色をしている。初めて会った時は前髪に隠れがちだったが、それでも心惹かれるものがあった。その瞳から目を離せなくなり、エスターはうわごとのように呟いた。


「目が、あった時に――」


 ひとつの円の中に、海の色と森の色、赤い大地の色が混じっている。森羅万象という陳腐な言葉を使いたくなるほど、原始の生命が入り込んでいる。アストの肖像画を描かせてもらえたら、どんな色で表現するべきだろうか。今夜露わになったその顔立ちについて、形をとるにはどんな線を引いたらいいのだろう。そして、その知的な雰囲気をどう描写すれば伝わるのだろうか。


「……そう見られると、照れてしまいますね」


 アストがわざとらしく咳払い、エスターははっと我に返った。いつの間にか、絵の対象物として見入ってしまっていた。


「一目惚れ、だったってこと?」


 弟が嬉しそうに声を上げる。父親も母親も微笑んでいるのを見て、エスターは自分の行動がそういう意味で受け入れられたことに驚いた。妹も一目惚れの話を信じたのか、驚いているようにエスターには見えた。

 一方、横に座っているスターリング卿は、微妙な表情を浮かべていた。エスターは、その様子に少し焦りを覚えた。エスターとアストが出会った時、まるで世捨て人のような姿だったのを知っているのだろう。エスターは慌てて言葉を続けた。


「えっと、その、初めてお会いした時に……アストさんはすぐに母がかけた魔法に気づかれて。私の知らないことをたくさんご存知で、それで、尊敬し、お慕いするようになりました」


 今度は、ある程度の納得をもって全員に受け入れられたように感じられた。エスターの家族はエスターが魔法や魔術に適性があまりないのを知っている。スターリング卿は魔術に名高い侯爵家の人間として、尊敬からの好意は理解がしやすかったのだろう。先ほどの怪訝そうな表情はなくなっていた。中身に惹かれたと言う方が、親族として安心するのはエスターにも分かっていた。


「精霊ルチアの祝福、でしたね。ご家族に大切に思われている方なのだと一目で分かりました」

「あら、お恥ずかしいわ。スターリング家と言えば、魔法や魔術ですものね」

「いやあ、このオートマタの数には驚きました――」


 会話が自然と魔術の研究の話に移り、エスターは心底ほっとした。終わってみれば、今の試練を超えたことで、この質問は今後二度と聞かれないだろうことが嬉しかった。距離が近い家族以外なら、どうにでも誤魔化せる。

 魔術の話はあまり興味がないので、エスターは熱心に聞いているふりをしながら周りの様子を伺う。スターリング卿と両親は楽しそうに話している。弟は時間のせいか、少し眠そうになっているように見えた。妹は硬い表情ながら、話には参加している。そのまま妹の横にいるアストを見ると、その瞬間にぱっと視線を逸らされた。


「…………?」


 どうして、と不思議に思ったが、エスターはすぐに自分が先ほどじっとアストを見つめたことを思い出し、赤くなった。出会った時から、隙さえあればあの瞳をみつめてしまっている。

(あとで、弁明しないと……)

 エスターは自分の気の利かなさにがっかりした。アストはすらすらとそれらしいことを言ったのにも関わらず、エスターはアストを目の前にして困ってしまった。それを周囲は夢中なのだと曲解してくれたらしいが、事情の通じているアストにとっては、失礼だったに違いない。そう思うとエスターはやり切れない気持ちになる。

(うまくやり過ごせたかどうかも気になるし、見た目に気を使うように強いたことを謝らなくてはならないし。ああ、失敗ばかりだ)

 アストは人付き合いが苦手だとは言っていたが、言うほどでもないとエスターは認識を改めた。確かに緊張感や困惑は感じるが、エスターよりはずっと上手くやっている。

(この人、結婚や夫婦生活だってどうにかなったんじゃないの?)

 エスターは居心地の良い会話の輪の中に居ながら、急にアストとふたりで話がしたくてたまらなくなった。アストがこの晩餐会で自信を持って、やっぱり契約結婚は必要ないと言い出すかもしれない。侯爵家という出自に、今の容姿。それだけで、引く手数多だろう。しかし互いの家族に囲まれた今夜は、二人きりになる機会はない。

 エスターはアストがもう一度こちらを見てくれることを期待して視線を送ったが、アストはその視線に気づきながらも、あえて目を合わせようとしなかった。

 やがて夜も更けて解散となった時、エスターはあまり話ができなかったことを残念に思い、ふとその感情に気づき、驚きがこみ上げてきた。

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きみは隕石 かなえなゆた @kanae-nayuta

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