第19話 馬鹿王子、巻き込まれる その十三
えっ、フィリップ? 魔法学校の同級生で、ロレイン公爵家の五男坊の?
どういうことだ? ボルト伯爵家がロレイン公爵家と組んだのか? それにしても、公爵の息子が
とりあえず、明かりをつけるか。
「――妖精の
剣を突き付けたまま、青白い魔法の明かりをともす。
そこにいたのは、昆虫人――かと一瞬思ったが、昆虫の複眼のような眼鏡(?)を着けた若い男だった。
右手にはクロスボウを下げている。
さっき射掛けてきたのは、これの
「で、殿下!? 何故こんなところに!?」
男が驚きの声を上げる。
ああ、なるほど確かに、ロレイン公爵家の五男坊、フィリップ=アーデナーの声だな。
それにしても――。
「この期に及んでとぼけるつもりか。僕の命を狙っていたのだろうが!」
色々とレニーに失礼な態度を取っていたことは知っているし、いさぎよい男だとも思っていなかったが、さすがにこれには腹が立った。
「えっ!? 殿下のお命を!? 何で俺、いや私が!」
フィリップはなおも言い募る。
実に往生際が悪いな。ぶん殴ってやろうか。
「本当、最低なやつだね。まあ知ってたけど」
側にやって来たレニーも呆れ顔だ。
「くっ、レニー=シスル! やっぱりしくじったのか!」
彼女を憎々しげに睨みつけるフィリップ。
どうも話が噛み合わないな。
「なあ、フィリップ、正直に言え。お前は僕を殺しに来たんだろう?」
「はあ!? ち、違います! 私は父に命じられてその女を殺しに……、あ、いえその……」
ロレイン公爵が? レニーの暗殺を命じたのか? 何でまた?
フィリップに詳しく
そしてフィリップは父親の
レニーに
「殿下は謹慎処分の身と伺っていたのですが、よろしいのですか? このようなところにいらっしゃって」
「いいんだよ。今の僕は一介の冒険者なんだから」
「……おっしゃっている意味がわかりません」
別に理解してもらおうとは思ってないよ。
「いやあ、そこまでロレイン公に恨まれていたとはね。だからって、あんたの側室になるつもりは毛頭ないけど」
レニーが冷ややかに言う。
正直、器が小さいよなぁ、ロレイン公。
「で、さっきのがロレイン公爵家の闇、“
噂には聞いている。
ロレイン公爵家お抱えの魔道士集団の中で、
「ヴィクターが言うには、赤鼠のなかでも選りすぐりの連中だったそうですが……。まさか、全員倒されたので?」
「一人だけ取り逃がしたよ。ヴィクターっていうのは?」
「その逃げて行った男です。父の秘書室長ですが、黒鼠を取り仕切る立場にあったようで……」
ああ、そう言えば名前を聞いた覚えがある。ロレイン公の
なるほど、この国随一の実力者が裏の仕事を委ねる人物ならば、あの不気味さにも納得がいくな。
「ふうん、ヴィクターって言うんだ、あいつ。あんな禍々しい魔力の持ち主、初めて会ったよ。……ところでさ、さっきから気になってたんだけど。その変な眼鏡、何?」
レニーが言う。うん、実は僕も気になってた。
「変とか言うな! これは僕が開発した魔道具の一つで、真っ暗闇の中でも見える実に便利な逸品なんだ」
ほほう。
フィリップに借りて着用し、一旦
「へえ、すごいじゃないか。元々君は、魔道具関連の科目の成績は良かったものな」
率直に感心したのでそう言ってやったのだが、フィリップは自嘲気味に笑った。
「残念ながら、父が私に望んでいるのはこのような才ではありませんので」
天魔の再来を打ち負かし、さすがは天魔の末裔よと喝采を浴びるような才か。
そんなものを親から要求される苦しさは、察するに余りあるな。
だが……。
「どうする、レニー。命を狙われていたわけだけど」
僕はレニーに尋ねた。
「いやぁ、正直腹は立つけどさ。さすがに、戦意を喪失している元同級生を
ああ、僕も同感だ。
「ていうか、ごめん、マグ! あたしのせいで危険なことに巻き込んじゃって!」
はは。僕がレニーを巻き込んでしまったと思い込んでいたのだけれど、まさか僕が巻き込まれている側だったとはね。
「気にしなくていいよ。レニーの敵は僕にとっても敵、だろ?」
「……そうだったね。水くさいことは言いっこなしにしとこうか」
「そうそう」
お互いに、命懸けで相手を守る。それ以外のことは些末なことだ。
そんな僕らを、フィリップは複雑そうな表情で見ていた。
「あ、うっかりしてた。そう言えば、セイたちはどうしてるかな?」
不意にレニーが言った。
そうだ、僕もすっかり頭から抜け落ちていたよ。
赤鼠の使い魔と戦っていたようだけど、大丈夫かな?
フィリップに前を歩かせて、マドラとセイの
二重の壁で囲ったキャンプエリアのほぼ反対側。そこでは、三頭の獣たちがもつれ合っていた。
「
「はい。赤鼠の一人で、たしかトマスという名の男の使い魔だと聞いています」
そいつがこれに跨って、マドラたちに一気に接近し、香水入りの樽の水をぶちまけたらしい。
そして、それと同時に残りのメンバーがキャンプエリアに突入、トマスもそれに続く、という作戦だったようだ。
で、そのトマスという男が、僕たちが倒したうちのどいつだったのかはわからない。
しかしいずれにせよ、そいつは死亡したはずだ。
「うん。
レニーが状況を分析する。
普通の馬よりも一回り大きい
本来の実力的には、二頭がかりなら難なく倒せる相手なのだろうけれど、
「よーしよし。マドラ、セイ、よく頑張った。あとは任せろ」
使い魔たちにそう声を掛ける。
その姿に憐みを覚えないわけでもないのだが……。
「
僕の剣が
「お疲れ様。大丈夫かい? ひどい傷だね」
レニーがセイを抱きかかえる。
僕も血塗れのマドラを抱きしめ、
幻獣である彼らには、治癒魔法は効果がない。
その代わり、人の魔力を吸収させてやることで、彼ら自身の自己治癒能力を高めることが出来る。
赤鼠との死闘で消耗している身には中々
「ちょっと待って、マグ。よく考えたら、そこに
レニーが意地の悪い表情で、フィリップを見た。
ああ、確かに。彼も魔力はかなり大きい方だからな。
「え? ふざけるな何で俺が……、いえ、何でもありません」
うん。そのくらいで許してやるのはかなり寛大だと思うぞ。
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